読書人の雑誌『本』
『日独伊三国同盟の起源―イタリア・日本から見た枢軸外交』著:石田憲
リーダーが強ければ安心?

 今からちょうど一年ほど前、突然、旅行雑誌「TRANSIT」から、イタリア特集の中でムッソリーニを取りあげたいとの企画が持ち込まれた。折りしもリーダーシップやポピュリズムの問題が注目されている時期でもあり、「ムッソリーニとはどんな人間で、政治家としてどのような評価ができるのか」という問いを出され、断るわけにもいかず、一ヵ月ほど苦慮することになった。

 担当者は熱心で、公刊されているムッソリーニの伝記をいくつか読んで、彼に関する発言のアンソロジーを作ってきてくれたのだが、現在、入手可能な日本語のムッソリーニ伝の中には、彼を再評価する傾向も見られ、そもそもこれらを反駁するところから、作業を開始しなければならなかった。

 さすがに「男性としてのムッソリーニの魅力」という話については、愛人四〇〇人説をふくめ、ほとんどが対等な人間関係とは思えないと即答した。実際、ムッソリーニは出勤途中で見つけた女性を執務室に連れ込むといった「武勇伝」が絶えず、独裁者でなければ、強姦と指弾されそうな行動も目立つ。

 また、かつての愛人を精神病院に幽閉するなど、およそ「魅力」などという言葉で取りあげるべきでない事例も珍しくなく、正直なところ、この時期の研究者でありながら、異様な私生活にまで踏み込んだムッソリーニの伝記を書く意欲は、わかなかった。

 ただ、ファシズム体制との関連で注目すべきなのは、敵を追い落とすべく、彼以外のスキャンダルを組織的に集積させたムッソリーニ特別秘書官房文書の存在であろう。汚職、病歴に至るまで、この場で記すのがはばかられるような情報も、膨大な個人ファイルとして国立中央文書館に残されている。それらプライバシーを暴き立てるような秘密調査は、ムッソリーニの神話創造と並行して行なわれ、ライバルの排除と独裁の強化が同時に進められたのである。

 他方、「ガンジー、チャーチル、レーニンなど、世界史に大きな影響を与えた政治家から、評価されているムッソリーニ」と企画書に書かれていた、肯定的なムッソリーニ評は、もう少し厄介であった。ムッソリーニを再評価する伝記群は、ほかの文献を都合のよい形で引用している場合も多く、これらの原典や関連史料を照合しなければ明確な反証ができず、数週間の時間が必要となった。

 古いところから見ていくと、レーニンが一九二二年のムッソリーニについて触れたという記述は、イタリア共産党員でレーニンとも面識のあった人物が、ファシストに転向して、レーニンがムッソリーニを賞賛していたとの神話を作る過程で登場した。ところがムッソリーニは、レーニンに会ったこともないと語ったり、レーニンが革命の裏切り者であるという発言さえ残している。

 たしかにチャーチルは、政権についたムッソリーニを称えるような発言をいくつも残していたが、列車を時刻表どおりに走らせたといった類の話でなければ、反共主義を貫徹させたことへの評価が中心であった。結局チャーチルは、イタリアの第二次世界大戦参戦がムッソリーニ一人の所為であると、すべての責任をムッソリーニに負わせる方向へと転じている。ムッソリーニも、都合のよいときはチャーチルを友と言及しつつ、他方ではアルコールとニコチンの中毒と罵倒していた。

 
◆ 内容紹介
融通無碍な「反共」イデオロギーから、友敵関係による対外政策を作り出す構造が生まれ、ついには、実質的意味を持たず、破壊的な結末へと至る「空虚なる同盟」が結ばれてしまった。日本とイタリアの外務省に注目することで、枢軸外交が機能不全と自己崩壊に帰着する、その過程と構造を生々しく浮き上がらせる、画期的研究!