読書人の雑誌『本』
『うつ病の現在』著:飯島裕一
うつ病の時代を生きる

 1990年代半ばのことだった---。高度成長期を経て、社会はすでに豊かで便利な時代の中にあった。だが、繁栄の影が軋みを生み、日常生活のあちこちに、負の要素が頭をもたげていた。慌ただしく動き続ける社会の中で、経済性、効率化、スピード化が求められ、多くの人たちが、ぐったりとした精神的な疲れをためつつあったのだ。

 こうした当時の時代背景を踏まえ、「現代人の疲労」を巡る連載を、信濃毎日新聞紙面で展開した。一連のシリーズで、〝ぐったり疲労〟の延長上にあるうつ病と、その周辺も取材した経験がある。

 あれから18年---。今、IT(情報技術)は飛躍的に進歩し、利便性の半面で効率化、スピード化はより進んだ。インターネット、携帯電話が普及し、人と人とが直接話をしないまま「何かを進めていく」光景が日常化している。個々人の価値観も、さらに多様化。社会のルールも混沌とし、規範意識も変化している。こうした中でうつ病などの気分障害が増え、患者数はおよそ100万人にのぼる(厚生労働省の患者調査)。

 あらためて心の病、うつ病を追ってみたい---との思いで、今年3月まで1年3ヵ月にわたり、再び長期連載に取り組んだ。今回は、文化部の佐古泰司記者との二人三脚だったが、うつ病という心の病が、〝あの頃〟に比べ、かなり様変わりしていることに驚かされた。ただ、この病気が「時代を映す鏡」であることも再確認させられた。

 うつ病は、きまじめ、完璧主義で責任感や義務感が強く仕事熱心、他人に気を使うが、ルールに束縛されがちで柔軟性には欠け、状況の変化への対応が苦手な「メランコリー親和型性格」の人が発症しやすい---とされていた。強い抑うつ感が続き、いいことがあっても改善しない。「私はダメな人間だ」「周囲に迷惑をかけている」などと自分を責め、人との接触も避ける。中高年に多く、自ら医療機関を受診することはまれで、自殺を考え実行する危険性もある。

 年間3万人前後に及ぶ自殺者(交通事故死者の6・3倍=2012年)の背景には、このようなうつ病が大きな影を落としている。

 一方で、様相がかなり異なる「現代型のうつ病」が、若い世代に増えている。このタイプは、抑うつ状態に陥り本人も苦しいのだが、状況によっては好きなこと楽しいことができ、褒められたり、いいことがあると症状が改善する。だが、他人への配慮が足りず、上司に反発するなど、自己中心的に見えるのが特徴だ。

 自ら医療機関を受診し、診断書を要求するケースもみられる。自傷行為が死に結び付くこともあるが、従来型のうつ病による自殺とは様相が異なる。抗うつ薬があまり効かないのも特徴で、周囲からは「病気だとウソをついている」「単なるわがまま」と思われ、企業などにも困惑が広がっている。

 今、なぜこのようなうつ病が増えているのだろうか---。

 
◆ 内容紹介
うつ病は、誰でもかかる可能性がある、ごく身近な病気になっている。だが、正しい知識の普及はまだ十分とは言えず、この病気に悩み、苦しんでいる人は多い。医療・科学記者が、臨床医、基礎研究者、カウンセラーなどの専門家を全国に訪ね歩き、うつ病最前線の医学・医療を取材、分かりやすくまとめた「知っておきたいうつ病のすべて」。