読書人の雑誌『本』
『リンパの科学』著:加藤征治
からだを流れるリンパのふしぎ

 ヒトのからだは約六〇兆個にも及ぶ多くの細胞でつくられているという。ヒトの体重の五〇~七〇%は水で占められているが、その約三分の二は細胞内の水であり、残りの約三分の一が細胞外の水である。細胞外の水は「体液」とよばれ、第一に「血液」、第二に「リンパ」、第三に「脳脊髄液」のほか、多くが含まれる。

 体液は、臓器内の〝微小環境〟における物質交換や、水分・老廃物などの排出を行い、〝循環〟することによって、生体の内部環境を一定に保っている。

 リンパは、血管から組織に漏れ出た成分である「組織液」を吸収したもので、血液に似てはいるが、白血球を多く含み、やや黄色味を帯びた液体である。古来、〝白い血〟(紀元前五世紀の聖医・ヒポクラテスによる命名)といわれるように、赤い血液ほど目立たないため、肉眼で観察することは難しかった。

 ちなみに、昔から理髪店の店頭でくるくる回るサインポールの赤・青・白は、一般には「動脈血」「静脈血」「包帯」を表すとされているが、ヒポクラテスの〝白い血〟の呼び名から、白は「リンパ」を表しているのではないかという見解もある。

 リンパを流すリンパ管を最初に見出したのは誰か? 動物やヒトのリンパ管の発見については、一七世紀半ばに、ヨーロッパ諸国でいくつかの報告がみられる。

 筆者は先年、スカンジナビア半島南端の、デンマークに近いスウェーデンの古都・マルメで開催された国際リンパ学会議に出席した。同会議の一般口演において、開催国であるスウェーデンからの発表テーマは、一七世紀に同国ウプサラ大学で解剖学者・リンパ学者として活躍したルードベックの「リンパ系の発見」であった。

 発表直後、会場から素早く手が挙がり、デンマークの研究者が、〝それは違う、最初の発見者はコペンハーゲンの著名な解剖学者・バルトリンである〟と反論した。その論争に割って入るように、今度はイタリア・ローマの研究者が、〝我が国はそもそも、ローマ帝国時代から云々・・・・・・〟と説き始め、北イタリア・パヴィア大学の高名な解剖学・外科学者であったアセリによる発見を主張したのである。

 会場はざわめき、やがて笑い声で賑わった。いずれの主張も、正確な記録の少ない一七世紀半ばのことであり、優先権が定かでないことは誰もが知っているのだ。ただし、近年のリンパ学史研究によれば、「リンパ系の機能の発見」という観点から、ルードベックのほうがより高い評価を受けているようである。筆者自身も、歴史ある世界各国の大学の図書室での資料調査によって、ルードベックの記載のほうが、系統的で精密であることを確認している。

 
◆ 内容紹介
いのちを支えるもう一つの“水系”------。躍動する奔流=血液の氾濫を再吸収し、体内の水分を有効活用するために誕生したリンパ。血管とともに、生命の維持・進化に重要な役割を果たす“第二の体液”は、あなどれない病気である「むくみ」や、がんの転移にも大きく関わっている。精緻な解剖学の成果が描き出す、リンパのすべて。