堀井雄二×安藤美冬 【第1回】
家から30秒の幼稚園に一人で行けないような人見知りの子供だった

[左]堀井雄二さん(ゲームデザイナー)、[右]安藤美冬さん(spree代表取締役/フリーランス)

漫画を描くと周りに褒められてその気になった

安藤: 今日は『安藤美冬流 21世紀の歩き方』第8回のゲストとして、ゲーム業界の第一人者、「ドラゴンクエストシリーズ」の生みの親であるゲームデザイナーの堀井雄二さんにお越しいただいています。

 実は、私の著書『冒険に出よう』の冒頭に「人生はリアル版ドラクエである」と書いていて、小学生の頃から「ドラクエ」を筆頭にロールプレイングゲーム(以下、RPG)に影響を受けてきたんですね。「人生に必要なことはすべてドラクエから学んだ」と言っても過言ではないくらいです(笑)。そこでぜひ、一度堀井さんにお会いしたいなとずっと思っていたんです。

堀井: どうもありがとうございます。安藤さんは、すごく冒険なさっていますよね。ボクはゲーム中は度胸があるんですけれども、現実は全然度胸がなくて。冒険ができない(笑)

安藤: いえいえ(笑)。でも、RPGの主人公というのは、だいたいごく平凡な少年ですよね。それなのに、主人公の暮らす世界に魔の手が忍び寄って来ると、ある日王様から呼び出されて「この世界に平和を取り戻す」という使命を授かってしまう。

 とてもではないけれどもひとりでは背負えないようなミッションを受けて、主人公は小さな村を飛び出して、敵と戦いながら徐々に経験値を稼いで、レベルを上げて、武器や防具を身につけたり魔法を覚えていきながら仲間を巻き込んで、最後はボスを倒して世界平和を取り戻す。

 こうしたRPGの王道のシナリオというのを人生に置き換えてみると、「人生はリアル版ドラクエなのだ」と思わざるを得ないくらい、現実でも学べることが多い。私自身も、堀井さんと同じようにもともとはすごく引っ込み思案で、どちらかというといじめられっこで。26歳のときには「抑うつ」と診断をされて、会社を半年間休職したこともありました。

 そういう挫折もあったんですけれども、今こうして独立をして個人で働くまでの間に、何度も、「自分は人生の主人公なんだ」って言い聞かせて前に歩んできた気がします。ああ・・・私にとって堀井さんは、「神様、仏様、堀井雄二様」みたいな神と並ぶ存在でして(笑)。

安藤: ついつい、話過ぎてしまいました。さて今日は、「人生はRPGである」という言葉を前提に、堀井さんがゲームデザイナーとして大きな成功を収められるまでの間の物語をたくさん聞かせていただければと思います。

堀井: 分かりました。こちらこそよろしくお願いします。

安藤: ありがとうございます。堀井さんに関するあらゆる著書やインタビューを読ませていただきました。ゲームデザイナー堀井雄二さんということはかなりメディアでも紹介されているので、もっと昔にさかのぼって、淡路島で過ごした子ども時代のこととかお聞かせいただいていいですか?

堀井: ボクは、すごくおとなしい子どもだったんですよ。すごく人見知りで、歩くと30秒くらいの幼稚園が近所にあるんですけれども、そこにすら1人で行けなくて。

安藤: 家から30秒?

堀井: そう。毎日おばあちゃんに送り迎えをしてもらった。しかも、おばあちゃんが帰ると怖いものだから一緒に帰っちゃうので、おばあちゃんはずっとお昼まで一緒にいたんですよ(笑)。

安藤: それはすごい。たった30秒の距離で。

堀井: そう。それで、まわりから「小学校に行けないんじゃないの?」とか言われたんですけれども、小学校には突然1人で行き始めたようで。

安藤: それは何かがあったんですか?

堀井: なんでしょうね。よく分からないのですが(笑)。

安藤: ちなみに、小学校は家からどのくらい離れていたんですか?

堀井: 歩いて10分くらいです。島だったので、地形がこじんまりしているというか、学校だけではなく、海も河も山にも、家から歩いて10分くらいでいけました。でもボク自身は、結構引きこもりというか、人見知りだったんですよ。

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