トラの主役(祝1000打点、祝首位)「辛いさん(新井貴浩)」元監督が明かす「いい話」

 快進撃は5月まで、なんて時代も長かったのに、今季は6月に入って2度目の首位。どうしたんだ、阪神タイガース!

 ま、何度も羹に懲りているトラ党はこんなことで「優勝や!」と浮かれたりはしない。だが、「辛いさん」こと、新井貴浩(36)の好調ぶりには正直、目を見張らざるを得ないのである。

「カメが一歩一歩進むように、時間はかかったけどようここまでやった! 毎試合(ユニフォームの)ストッキングを上まで上げて、がんばっとるじゃないですか」

 と、辛いさんが6月8日に達成した1000打点の偉業を手放しでほめるのは、広島カープ時代の監督、達川光男氏(現・野球解説者)である。

「春のキャンプのときは、『肩の調子が悪い』と(私に)言いよったですね。開幕には間に合わんかもと……。それでいまの成績は立派ですよ!」

 たしかに例年に比べ、辛いさんの成績は立派というしかない。6月11日時点で打率は3割1厘でリーグ6位、ホームラン8本はもちろんチームトップだ。

「私は彼のルーキーイヤー('99年)に監督をやっとったんですよ。最初見たとき、正直、『この子はどうにもならんじゃろう。プロとして3年持ったらエエんじゃないか』と思いましたよ。守備の技術はない、バッティングもタイミングのとり方がメチャクチャでしたから」(達川氏)

 そう、189cm、97kgの恵まれた体格から「素質だけでやっている」ふうに見える辛いさんだが、プロ入り当初は「ギリギリ」の選手。あくまで努力で、ここまではい上がってきたのである。パチパチ!

 辛いさんの母校、広島工業高野球部時代の恩師、宮川昭正元監督(現・広島県立音戸高教諭)が振り返る。

「ボクが大学を出て教員1年目のとき、新井が新入生で入ってきたんです。雰囲気があったんで、『オマエは将来キャプテンになる。そのつもりで練習せえ』って言いました。あんなにデカいのにガッツもある選手って他になかなかおらんですから。『ダッシュ100本!』って言ったら、ホントに100回全力で走る子でした」

 入学当時の新井の自宅は、広島工からは遠かった。そのため彼の父親は新井を学校近くで独り暮らしさせようとしたが、宮川氏がそれを止めたという。

「食事が偏りますからね。以後3年間、お父さんが毎朝家から駅まで彼を車で送って、彼はそこから電車ではなく、学校までかなりの距離を、なぜか自転車で片道1時間かけて通ってました」

 その後、辛いさんは駒澤大に進む。

「それも新井の運です。ウチにはもう1人いい選手がいて、彼のほうがセンスがよく、駒大に行くはずでした。でも、その彼が進学しないとなって、新井が推薦されたという経緯がありました」(同)