極めて"普通"な「ドコモ田家」と、"ありえない"設定の「白戸家」

 ソフトバンクが「白戸家」、ドコモが「ドコモ田家」とそれぞれファミリーを前面に打ち出してプロモーションをしている。ところが、ドコモ田家のほうはネット上でもあまり評判がよくないようだ。Google検索で「ドコモ田家」と打つと、検索窓に「ドコモ田家 つまらない」と出てくる。

 面白いかつまらないかはともかく、わたしはドコモ田家のコマーシャルを見た時にすごく違和感を覚えた。この違和感は何だろうと考えるにつれて、ソフトバンクの「白戸家」の凄さ、というか孫さんの凄さに思い至った。

 ドコモ田家は、おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、女の子ふたり、男の子ひとりが出てくる。なかなかの大家族だ。おそらく「普通」の家族なんだろう。全員日本人で、大きな問題や悩み事も少なそうだ。全員健康で問題もなさそう---たぶん、「普通」なんだろう・・・。

 一方、白戸家の方はずいぶんと様子が違う。犬のお父さんと日本人のお母さん、黒人の息子と日本人の娘---ずいぶんと奇妙で普通ではない。そもそも動物のお父さんなんて、ありえない。

孫さんの「普通」に対する挑戦

 ドコモ田家が世に出てくる前、わたしは白戸家のことをナンセンスギャグのように思っていました。でもドコモ田家を見てはじめて分かりました。これはきっと、孫さんの「普通」に対する挑戦だったんだなあ、と。

 日本もよくよく見わたしてみると、家族のあり方にはずいぶんと違いがある。外国人と結婚している人もたくさんいるし、いわゆる「在日」の人だってたくさんいる。両親が揃っている人もいるだろうけれども、死別、離婚などにより片親の人もたくさんいる。シングルファザーやシングルマザーもたくさんいる。障害者もたくさんいる。

 それぞれの家族がいろいろな事情を抱えつつ懸命に生きているわけです。おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、そして子供がいて、全員日本人で、全員揃って健康である、という状態が必ずしも「普通」なのかどうかはわからないのだ。

 むろん、どちらのCMも、電通や博報堂などの大手広告代理店がアイデアを出したのは間違いない。だから、それぞれのネタは必ずしも両社の経営陣が考えたものではないだろう。でも採用するのはドコモでありソフトバンクだ。どんなアイデアを採用するかで、CMにその会社のカルチャーが反映されるということは言うまでもないだろう。

 きっとドコモの役員たちは「普通」であることにそれほど違和感を覚えなかったのではないか。そのような「普通」の存在に心を痛める人がいるかもしれない、ということへの想像力が欠如していたのかもしれない。

 おそらく孫さん自身がそういった出自ゆえに、この「普通」の問題に直面していたのではなかろうか。「白戸家」の普通じゃなさ加減はある意味、孫さん自身の主張ではないのだろうか。「家族の形は、いろいろあっていい」と。

 ドコモ田家のCMが決して酷いわけではない。ただ、極めて「普通」なのだ。でもその「普通」こそがドコモの良さでもあり、反面、伸び悩んでいる背景ではないかと思う。

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