領土問題が正念場を迎える安倍外交の行方はどうなるのか? 東郷和彦・京都産業大学教授に聞いた

 安倍晋三内閣が直面しているのはデフレからの脱却を柱とする経済問題ばかりではない。昨年来悪化している日中、日韓関係や、懸案の北方領土問題がからむ日露関係など外交問題も正念場を迎えている。いくらアベノミクスで経済をテコ入れしても、貿易相手である周辺国との関係が悪化しては元の木阿弥だ。
 安倍外交の行方はどうなるのか---『歴史認識を問い直す―靖国、慰安婦、領土問題』を上梓した元外交官の東郷和彦・京都産業大学教授に聞いた。

聞き手: 磯山友幸(ジャーナリスト)

中国の「第一列島線」進出に口実を与えてしまった日本

---2012年は「外交敗北」の年だったと『歴史認識を問い直す』に書かれています。尖閣諸島問題は敗北だったということですか?

東郷和彦氏

 中国は尖閣諸島の領海にまで海洋調査船「海監」を送り込んでくる。それを常態化させてしまったのは敗北以外の何ものでもありません。

 国際法上、航行する軍艦(それに準ずる公船も)には「無害通航権」が認められていますが、その権利の範囲を逸脱しているのは明らかではないかと私は思います。主権を主張するために入ってきているわけですから。

 同じ事を竹島や北方領土で日本船がやったらどうなりますか。まず間違いなく撃沈される。ところが日本は撃沈しない、できないわけですから、当面は完敗です。

---中国に常態的な侵犯を許す口実を与えてしまった、と。

 2008年に中国は「やるぞ」と言っていたわけです。この本にも書きましたが、2008年12月8日に中国の海洋調査船が尖閣諸島沖の領海に入り、海上保安庁の巡視船の退去要求を無視し、9時間半にわたって航行を続けました。

 そして何と、中国国家海洋局の公式見解として、「中国も管轄権内で存在感を示し、有効な管轄を実現しなければならない」と言ったのです。日本の実効支配を実力によって変更するという方針を示したわけです。そして2010年にはご承知とおり、中国漁船の巡視船への体当たり事件が起きました。

---それまでは中国も尖閣問題を"棚上げ"していた。

 1972年の日中国交回復の際の周恩来首相・田中角栄首相の会談や、78年の日中平和友好条約の最終交渉での鄧小平副首相・園田直外相の会談で、この問題を実質的に棚上げするとの「暗黙の了解」ができたと考えていいでしょう。「将来世代が方法をさがすだろう」という鄧小平の発言に、日本側は、少なくとも拒否行動をとりませんでした。

 それを打ち破ったのが92年。中国は「領海法」によって、尖閣諸島を自国領と宣言しました。危機感をもった日本政府が「領土問題は存在しない」と言い始めたのは1994年ごろからですが、これは中国領海法への対抗策として出てきたものだと考えています。

---それが尖閣諸島を国有化したことで火がついた。

 国有化という言葉を使うのがいいのかどうか、つまり、所有権の移転ですね。実際にはそれまでも国は所有者から賃借を続けており、それを買い取っただけの事で、国際法上の位置づけも、また、尖閣に対する政策の実態も何も変わっていない。

 石原都知事(当時)は船の停泊施設を作ると言っていましたから、もし東京都が買っていたら問題は大変複雑になっていたと思います。かつての棚上げでは、日本側が自ら実施していたのは「立ち入らない」「建造物を作るなど開発しない」「調査を行わない」の「3つのNO」だということになっていました。

---日本政府は国有化でむしろ事態を穏便に済まそうとしたと言われています。

 中国との摩擦を回避しようとしていたことは、間違いないと考えています。2012年8月の段階では、中国側の知日派ルートなどを通じて、この「3つのNO」を守るなら所有権の移転には大反対はしないというシグナルが届いていたようです。政府はそのシグナルを過信したのでしょう。その後、一気に国有化に走りました。

 8月末に山口壮外務副大臣が訪中した際に外交のトップだった戴秉国・国務委員に会い、世界情勢に関する総括的な議論を行ったようです。最後に戴秉国委員から、尖閣諸島について逆に「提案」をされたと、山口氏はその後公表しています。

 さらに、9月9日にロシアのウラジオストクで開催されたAPECでは、中国の胡錦濤国家主席が野田佳彦首相と立ち話をして、「日本は事態の重大さを十分に認識し、間違った決定を絶対にしないように」とクギを刺しています。

 にもかかわらず、9月11日に国有化の閣議決定を強行してしまいました。戴国務委員の提案も、胡首席の要請も無視したわけです。仮に飲めない提案だったとしても、正式に返事はしなければいけない。これが本当なら、どうも、外交の基本を誤ったように見えます。

---そんな外交上の不手際を中国は突いてきたわけですね。

 九州から沖縄・台湾・南沙諸島へ連なるいわゆる「第一列島線」を勢力下に置くというのが中国の基本戦略です。それを一歩進める口実を日本側が与えてしまった。中国関係者の中には「野田首相に感謝だ」と言っている人もいます。

---問題がさらにエスカレートする可能性はありますか?

 日本外交に欠落があったからといって、実力で現状変更の実態を変えていくという今の中国の政策が許されて良いはずはありません。現状を放置すれば、海の上で何か一つ間違いが起き、それをきっかけに大きな武力衝突になる可能性もある。

 これまでの中国側の対応を見ていますと、中国の一部は、日本が誤発砲なりの実力行使に出たと言わざるを得ない行動をとるのを待っているのかもしれない。どちらかが先に手を出したということになれば、事態は一気に緊迫します。危険極まりない状況です。

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