「息子と僕のアスペルガー物語」 ライフ
奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第30回】
期待の言葉をプレッシャーに感じ、最低の嘘を吐いてしまった

【第29回】はこちらをご覧ください。

「あんたも昔は逃げ回っていたよ」と言われて

 はたして今、息子は、嫌なことに直面するのを避け、逃げ回ることを人生の習慣にしつつあるのだろうか? そうなってしまって、将来、この社会で生きていけるのだろうか?

 そんなことをあれこれと考え続け、不安で胸が押し潰されそうになった僕は、ふと、絶好の相談相手を思い出して電話を掛けてみた。

 「ああ、隆。久しぶりだね。どうしたの?」

 携帯電話の受話口から聞こえてきた母の声は、昔と同じように大らかで柔らかだった。僕が子供の頃から、母は感情を波立たせるということがあまりなく、いつも落ち着いていた。

 母は「ASD(自閉症スペクトラム障害)を抱えた息子を育てる」という点では、妻と僕の大先輩に当たる。そんな母なら、僕を育てたときのことを思い出して、すっかり行き詰まってしまった現状の解決策のヒントを与えてくれるかもしれない。そう考えて、息子の状況を打ち明け、相談することにしたのだ。

 ここ最近、息子がリレー選手に選ばれるかどうかで大きなプレッシャーを受けていたことや、そのせいで頭痛や腹痛が頻発していたことなどを、僕は母に説明した。さらに、リレー選手の選考がある日にも息子は腹痛や頭痛を訴えて学校を休んだこと、それを悔しがる素振りも見せていないこと、結果として、息子は問題から「逃げて」しまったことなども話し、「親として、どうしたらいいかわからなくなって途方に暮れているんだよ」と素直に告白した。

 母は、そんな長い話を、「へぇ」とか「ふんふん」などと相槌を打ちながら辛抱強く聞いてくれた。そして、僕が話し終えると、意外な言葉を口にした。

 「まぁ、大変なのはわかるけど、あんたも同じようなものだったよ。聞いていると、何だか懐かしいような気がしてくるね」

 「ええっ! 俺も同じようなものだったって、どういうこと?」

 母の感想コメントに、僕は大いに驚いた。確かに僕も、高校生の頃までは息子と同じように、新学期が始まるとよくお腹が痛くなったり、熱を出したりしていた。そして、学校に行くのを嫌がった。それは事実だ。

 しかし、どんなに嫌でも、僕は何とか学校に通い続けた。それができたのは、基本的に、母を含めた家族が僕を「放っておいて」くれたことが大きいと思うし、その点は僕の息子への接し方とは違う。ただし、いずれにせよ、僕はこれまで「嫌なことから逃げた」という経験がない。そこで、母にこう反論した。