東アジアの代表は、日本でなく中国だ!? 米中首脳会談の背景と「習近平外交」のしたたかさ
〔PHOTO〕gettyimages

 「ニュータイプの大国関係を築く」---。

 6月7日と8日、米カリフォルニア州で、オバマ大統領と習近平主席の、2日間にわたる異例の米中首脳会談が開かれた。貿易と投資、ドル元の為替、TPP、RCEP、サイバーテロに北朝鮮、尖閣諸島まで、2国間に横たわるあらゆる政治・経済・軍事などの諸問題を、両首脳がとことん話し合った。

 片や太平洋の東側に位置する先進国代表、片や太平洋の西側に位置する発展途上国代表である。換言すれば、世界トップの経済大国と、世界第2位の経済大国で、アジア太平洋地域の近未来を決めた、ということである。

 この両大国の関係については、拙著『対中戦略』及び『「中国模式」の衝撃』にたっぷり書いたので、興味のある方はご高覧いただきたい。

「アジアのことは中国と話して決める」

 実は習近平主席は、アメリカに向かう前に訪問したメキシコの国会で6月5日に行った演説の中で、意味深な発言をしている。

 「私は今回、道中で機上から広大な太平洋を俯瞰し、何世紀も前にシルクや陶器を満載した『中国船』が、太平洋を横断する姿を思い描いた。中国には『賓至如帰』(賓客が故郷へ帰ったようにリラックスする)という言葉があるが、私はいま、まさにそのような境地なのだ」

 この演説は、一日本人として聞けば、「東アジアの代表は、日本でなく中国だ」と、習近平主席が宣言しているかのようでもある。

 実際、オバマ大統領が、2月22日に同盟国の日本の安倍首相を迎えた時は、わずか1時間45分の面会だった。そもそも「1時間以内」とホワイトハウスから制限されていたのだが、会談の10日前に北朝鮮が3度目の核実験を強行したことで、「45分のランチタイム」が加わったのだ。

 それが今回、世界一多忙なはずのアメリカ大統領が、わざわざカリフォルニア州に飛び、2日間も習近平主席のために時間を確保したのだった。このように、オバマ政権の、「アジアのことは中国と話して決める」という態度は明白なのである。

 これは何も、オバマ政権に始まったことではない。アメリカは、イギリスとの独立戦争が終結した1784年に、早くも中国との交易を開始している。この年の2月に、アメリカの商船「エンブレス・オブ・チャイナ号」が、ニューヨーク港を出港し、大西洋、インド洋経由で2万1000kmもの航海を経て、半年後に広州港に辿り着いた。そこで中国の茶やシルク、陶器などを満載して、翌年5月にニューヨーク港に帰港した。この1回の航海で、アメリカ人貿易商は、一攫千金を手にしたのだった。

 以後、アメリカ商船の中国ラッシュが始まった。19世紀前半には、アメリカにとって中国は、すでにイギリスに次ぐ第二の貿易相手国にのし上がった。

 ところが、アメリカから清国への支払いが滞り、アメリカはイギリス同様、"禁じ手"であるアヘンで支払うようになった。ここから1840年のアヘン戦争に発展し、これに敗れた清国は、広州、アモイ、福州、寧波、上海の5港を開港した。それによってさらに米中貿易が増加したことから、アメリカとしては日本という清国へ至る"経由地"を確保したかったのである。

 実際、1853年6月にペリー提督率いる黒船が浦賀に来て、翌年3月に、日米和親条約が結ばれるが、ペリー提督は、フィルモア大統領の国書(1852年11月13日付)を江戸幕府に手渡した。それは次のような内容だった。

〈カリフォルニアから支那(清国)まで18日間の距離であり、毎年多くのアメリカ商船がカリフォルニアと支那を往復している。蒸気船は多くの石炭を使い、わが国だけの石炭ではまかないきれない。また、船が悪天候で不時着することもある。そこで貴国(日本)は石炭が大変豊富な国と聞いているので、石炭、水、その他必需品を供給してほしい。その見返りは十分支払うし、貴国の平安は絶対に乱さない〉

 日本は黒船襲来で驚天動地となって明治維新を起こしたが、当のアメリカの方は、日本のことなど目に入っておらず、清国への途中に手頃な経由地を確保したくらいの感覚だったのである。その後も、「アジア=中国」というのが、アメリカ人の一貫した「アジア観」だった。

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