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ジブリ最新作主人公(ゼロ戦設計者・堀越二郎)「幻の名機 烈風」の設計図に込めた思い
設置から間もなかった東京帝大航空学科は、堀越入学時には学生がわずか26人しか所属していなかった

戦時中、世界一の性能を持つ戦闘機・ゼロ戦を生み、アメリカ空軍におそれられた設計者・堀越二郎。今夏には主人公としてジブリ映画にも登場する。本誌が入手した未公開の設計図や資料からは、冷静沈着な頭脳派というイメージとは違った、「美しさ」にこだわる彼の素顔が見えてきた

 天才的な人物には、往々にして風変わりなところがあるものだ。ここで紹介する男性にも、やはり特異な性質があった。自分が乗った客船の食堂のメニューをいちいちとっておく、布団を敷くときには必ず部屋の壁と平行になるようにしないと気がすまない―といった几帳面な性質である。

 彼は、名前を堀越二郎という。戦前~戦中、「名機」と呼ばれた戦闘機の数々を設計し、日本の航空機の水準を世界一にまで高めた設計者である。「ゼロファイター」という通り名でアメリカ空軍を震えあがらせた、「零式艦上戦闘機」いわゆるゼロ戦を設計したことでも有名だ。

 7月20日に公開される、宮崎駿監督(72)のスタジオジブリ最新映画、『風立ちぬ』の主人公のモデルとなったことから、現在、彼の人となりに注目が集まっている。

 本誌は、堀越の生地である群馬県藤岡市の歴史館と彼の遺族に協力をあおぎ、未公開の設計図や写真などを掲載する。なかでも貴重なのは、実戦配備されることのなかった幻の戦闘機「烈風」の設計図である。堀越の烈風へのこだわりや、これまであまり知られていなかったエピソードをもとに、「人間・堀越二郎」についてご紹介しよう。

恐慌が天才設計者を生んだ

 堀越は1903年、ライト兄弟の飛行機が初めて飛んだ年に、藤岡市に生まれた。少年誌の物語を通して飛行機の魅力にとりつかれていた幼少期から、明晰な頭脳を誇っていた。

「藤岡の旧制中学に通っていたころには、『ほかの生徒に合わせていると自分に合った勉強ができない』といったことを先生にもらしていたようです」(藤岡歴史館職員・軽部達也氏)

 中学卒業後、東京の旧制第一高等学校(現在の東京大学1~2年)に進学。 '24 年には東京帝国大学の航空学科に進む。

「大学での成績がよかったので、三菱内燃機製造株式会社(現・三菱重工)から声がかかったそうです。あまり知られていませんが、当時、三菱は恐慌の影響で業績が悪く、帝大出の優秀な人材を獲得、育成して挽回を図ろうとしたんです。それが堀越を成長させました。『もし堀越が(三菱のライバルである)中島飛行機に入っていたら、ゼロ戦は生まれなかっただろう』とまでいわれています」(軽部氏)