カイジ「命より重い!」お金の話
【第8回】母子の餓死は、誰の「責任」か?


漫画『賭博黙示録 カイジ』とは?

自堕落な日々を過ごす主人公、伊藤開司(いとう・かいじ)。そのカイジが多額の借金を抱えたことをきっかけに「帝愛グループ」をはじめとする黒幕との戦いに挑んでいく大人気漫画。命がけのギャンブルを通じて、勝負師としての才能を発揮するカイジだが、その運命は果たして・・・。

(作者:福本伸行 講談社『週刊ヤングマガジン』で1996年11月号~1999年36号まで連載された作品)


【第7回】はこちらをご覧ください。

 すでにネット上で多くの物議を醸している、大阪の出来事。幼い子供とその母親がなくなりました。母親の胃の中から、食べ物が検出されなかったことや、「もっとおいしい食事をさせてあげたかった」という趣旨のメモが部屋から見つかったことなどから、餓死の可能性が高いと報道したメディアもありました。

 一方で、司法解剖の結果や、母親の体型などから「飢餓状態ではなかった」という見方を示しているメディアもあります。

 ただ、いずれにしても、生活苦が招いた死であることは、おそらく間違いないと思います。

 この事件をきっかけにして、ふたたび、生活保護の"水際問題"がクローズアップされています。役所の窓口担当者が「最後の砦」となって受給を認めない、その"水際"で不正受給を防ごうする作戦が裏目に出ている問題です。

 窓口担当者が渋るあまり、正当に生活保護を受給できる境遇の人であっても、適切な保護が受けられず、生活に窮してしまうという問題が起きています。

 今回の件を受けて、役所の対応に非難が集中することでしょう。ただし、いくら窓口の対応を非難しても状況は変わりません。

 問題は、

●窓口担当者が、出された申請を「正当」か「不正」か客観的に判断できないこと
●「不正受給者」が、知らぬ顔をして申請を出せてしまうこと

 にあります。

 つまり、制度設計の問題なのです。そもそも「不正受給者」が客観的な書類、データで落とされるように設計されていれば、アナログで主観的な"水際作戦"など不要です。その制度設計がなされていないため、このような問題が起こるのです。

 ただし、どんな法律も「網の目」をくぐられてしまうように、どんなに適切な制度を作っても、必ず盲点を突いて不正が起こります。100%完璧な制度をつくることは、現実問題として不可能です。

"水際作戦"よりも大きい問題とは

 今回の件に関して、より大きな問題は、"とにかく批判する"という国民感情にあるのではないかと私は思います。

 今回のように、生活保護が受けらなかったという例が出ると、「役所はひどい!」という声が上がります。ネットには「たった2%以下の不正受給者よりも、貧困層がほとんど受給してない事が問題」という記事もあります。つまり、役所の「審査」が厳しすぎて、本当に必要な人を締め出していることを指摘し、水際作戦の冷徹さを非難しているのです。

 しかし、また一方で、不正受給者の存在がニュースで取りざたされると、「役所は何をやっている!」「税金を無駄にするな!」と、大きな非難がまきおこります。

 もちろん、不正受給は正当化されるべきではありません。しかし、制度設計で不正受給を完全になくすことは不可能です。たとえできたとしても膨大なコストと労力がかかります。

 不正受給者を100%撲滅しようとすると、受給申請者の経済状況や親族関係、隠し財産などを、それこそ警察なみに調査し、判断しなければいけません。そんな途方もない調査を、すべての申請に対して行なわなければいけないのです。膨大なお金と時間がかかります。

 経済学では、コストと便益を天秤にかけ、コストが便益を上回った時点で止める、という考え方が合理的とされています。何事においても、「それをやるメリット」の背景には、「それにかかるコスト」があります。たとえ、メリットがプラスであっても、それ以上にコストが増えてしまえば、プラスマイナスで「損」になるのです。

 不正受給は許されることではありませんし、不正受給者のモラルは問われてしかるべきです。しかし、不正受給者を減らそうとするあまり、正当な受給者までもがはじかれている現状があります。社会的コストが非常に高くついているのです。

 今後、二度とこのような悲劇を起こさないために、変わるべきは「役所」ではありません。私たち一人ひとりが現実を冷静に受け止められるかどうかにかかっている。私はそう感じます。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら