[プロ野球]
DeNA・冨田康祐「プエルトリコで得た確信」

アイランドリーグ出身選手たちは今 2013年Vol.4

2度あった育成卒業のチャンス

 支配下選手登録――育成選手にとってはNPBで活躍するための最初の関門である。いくら2軍で成績を残しても支配下選手にならない限り、1軍の試合には出られない。

 昨季、香川から横浜DeNA入りした冨田には、育成選手からの卒業が現実味を帯びた時期が少なくとも2度あった。1度目は夏場だ。交流戦明けの6月、冨田は1軍の練習に呼ばれる。来日した新外国人のランディ・ルイーズの打撃投手を務める目的だ。

 打撃投手とはいえ、1軍の監督、コーチには自らをアピールする絶好のチャンスである。思い切って腕を振り、球速はMAX150キロを記録。2010年には楽天で途中入団ながら12本塁打をマークした強打者を、ほぼ完璧に封じた。
「なんで、コイツが育成選手なんだ?」

 気持ちよく快音を響かせるはずだったルイーズは目を丸くして右腕のボールを見つめていた。

 中畑清監督もルーキーのピッチングを絶賛。同時期に大沼幸二が引退を表明し、70名の支配下登録選手枠に空きができたこともあり、メディアは冨田の支配下登録を報じた。
「報道を見たチームメイトが寮の部屋に来て、いきなり“おめでとう”と。僕は何も聞いていなかったので、ビックリしましたよ(笑)」

 ところが待てど暮らせど、球団から正式な連絡はなかった。そして、シーズン中の登録期限である7月31日が過ぎた。

 2度目はシーズンオフだ。5年連続最下位に沈んだDeNAにとって投手陣の底上げは喫緊の課題である。秋のみやざきフェニックスリーグで好投を続けた冨田は、報道陣からは「契約更改のタイミングで支配下登録されるみたいだよ」と聞かされた。

 期待に胸を膨らませて、球団事務所を訪ねた。しかし、契約内容は育成選手のままだった。
「話が出ていただけに、支配下登録になれなかったことが余計に悔しかったですね」