是川銀蔵(その一)
株式投資で儲けた「最後の相場師」---
中国で世界大戦に巻き込まれた頃

福田 和也

 銀蔵は臨時の炊事当番を仰せつかった。

 将校たちの宿舎に食事を運ぶのが主な仕事である。

 宿舎のなかに、毎晩、夜遅くまでランプが点いている処があった。

 士官を中心にして、兵隊たちが算盤をはじいている。みな無器用で、計算が合わず、何度も同じ伝票に算盤を入れている。

 銀蔵は、ひらめいた。

 炊事場からコーヒーを差し入れ、話かけた。

「みなさん、算盤に難儀されてるようですが、お手伝いいたしましょうか」

 算盤に閉口していた主計少尉は、銀蔵の手際に魅了された。

是川銀蔵(1897~1992) 明治維新で没落した旧家に育った銀蔵は、住友金属鉱山株を買い占め、'83年、高額納税者番付1位に

「お前は、ここで計算をしてくれ。炊事当番はしなくてよろしい」

 そして、ただ働きではなく、一日一円の日当を貰う身分になったのである。

 心配なのは、強制送還だけだ。

 けれど、銀蔵を重宝していた少尉は、処分を取り消してくれた。

 主計の伝票整理は、半日もしないうちに済んでしまう。

「少尉殿、軍の食料は中国人から仕入れているようですが、一部、私に任せていただけないでしょうか」

 さすがに少尉殿は、少し考えたが「自信があるならやってみろ」と云ってくれた。

 さらに厚かましく、銀蔵は頼んだ。つきましては仕入れの資金を貸していただけませんでしょうか・・・・・・。

「バカもの、公金だぞ」