是川銀蔵(その一)
株式投資で儲けた「最後の相場師」---
中国で世界大戦に巻き込まれた頃

福田 和也

 倒産を目の辺りにして、いきなり雄飛を思いたつのが、この時代の少年らしい。

 大正三年の六月、好本商会で稼いだ二十円を旅費に十六歳の銀蔵は、神戸から大連に向かった。最終目的地は、世界経済の中心、ロンドンである。

 だが、二十円の旅費は、大連に渡った時の船賃が嵩み、五円二十七銭しかなかった。

 仕方なく、好本の取引先だった大連の井上商店に世話になり、ロンドンまでの旅費を稼ぐ事にした。

 ところが、とてつもない椿事が起きた。

 六月二十八日、オーストリアのフェルディナント大公夫妻が、セルビア人学生により暗殺されたのである。

 オーストリアがセルビアに宣戦すると、ドイツがロシアに宣戦し、ついでイギリスとフランスもドイツと開戦したのだ。

 第一次世界大戦の勃発である。

 銀蔵は困ってしまった。

 大連からシベリア鉄道で、ロンドンまで行くつもりだったのに、その沿線がすべて戦場になってしまったのである。

 日本は日英同盟に従い、青島攻略を発令した。大連には、夥しい日本の軍兵が集結して、山東半島へ向かっている。

十六歳で兵隊を動かし中国人と対等に渡り合った

 ロンドンには行けないが、山東で一稼ぎできないか・・・・・・。それだけの思いつきで、日本軍の跡を追った。

 金もなく水もなく、食べ物もない。そうして行き倒れて、兵隊さんに助けてもらった。

 すぐに憲兵が来て、取り調べを受けた。

「お前のような奴が、匪賊になるんだ。今度、軍用船が入港するから、それに乗って帰国しろ」

 けれど、銀蔵は諦めなかった。