ラジオの可能性を信じる評論家・荻上チキさんに聞く「メディアの現状と近未来の展望」

 かつてラジオはテレビの運営母体だった。TBSは1955年に「ラジオ東京テレビ」としてスタートしたし、ニッポン放送は2005年までフジテレビの持ち株会社的な役割を果たしていた。

 運営母体だっただけでなく、ラジオは1950年代まで茶の間の主役だった。1952年にNHKラジオで連続ドラマ「君の名は」が放送されると、その時間帯は銭湯の女湯が空っぽになったという伝説すら残っている。

 だが、1960年代以降はテレビが台頭し、ラジオが主役の座を奪われたのはご存知の通り。1990年代以降はBSやCSの放送が次々と開始され、ゲームやネットも普及したことから、ラジオのシェアはさらに侵食された。

 テレビもネットなどに視聴者を奪われ、ゴールデンタイムの総世帯視聴率(HUT)は、1990年代後半の70%前後から60%強にまで落ちたが、ラジオはもっと深刻だ。1991年時点でラジオ業界の総売り上げは約2,400億円あったが、今では約1,200億円。約20年間で市場規模が半減してしまった。

 反面、シェア低下は底を打ち、これからラジオの反攻が始まると見るメディア関係者は少なくない。ツイッターなどのSNSとの親和性が高く、ポッドキャストやラジコの登場で、スマホやパソコンを使って、いつでも、どこでも聴けるようになったからだ。3.11や東京電力の計画停電の際、ラジオが真骨頂を発揮したのも知られている通りだ。

"テレビ対ネット"という不毛の図式

 テレビやネットなどで幅広く活躍する評論家の荻上チキさん(31)もラジオの可能性を信じる一人。この4月からはTBSラジオで『~発信型ニュース・プロジェクト~荻上チキ・Session-22』(月~金、午後10:00)のメーンキャスターをつとめている。

 今回は荻上さんにテレビとラジオを含めたメディアの現状と近未来の展望を聞く。まず、さまざまなメディアに通じる荻上さんが、ラジオの可能性を信じるのは、なぜなのか?

 「そもそもテレビがダメで、ネットやラジオやネットが良いというような考えは一切ありません。メディアを区別すること自体、意味がないと思います。

 たとえば、テレビ局という事業体は、ネットを使った発信も行っているのですから、"テレビ対ネット"という対立軸はバカバカしい話です。半面、それぞれのメディアには得意、不得意がありますから、プレイヤー(送り手と受け手)はメディアの特性を知り、活用すればいい。ただ、テレビ局や新聞社が、まだウェブの扱いに不慣れというのも事実でしょうね」(荻上さん、以下同)

 荻上さんが、まだテレビ局がウェブを駆使できていないと感じている実例の一つは、ツイッターなどを使ったインタラクティブ性。実際、視聴者からツイッターで寄せられた意見を、画面で表示する番組はあるが、いずれも見にくく、表示される投稿も限られてしまい、電話やハガキによる投稿より進化したとは言い難い。

 荻上さんには、テレビ報道の現状についても「足踏みしているという観点がある」と指摘する。

 「たとえば、『あのキャスターは、この問題について何を語るのだろう』と、ワクワクさせる番組がなくなっている気がします。アンカー制度がうまく機能していないのではないでしょうか」

 一方で、テレビの新しい制作者たちによる情熱も感じている。

 「これまでなら取り上げられなかった事柄がドキュメンタリーのテーマになり始めています。テレビの内側で新陳代謝が起きているのでしょう。

 また、NHKのEテレで『バリバラ』(障がいを持つ人などに向けた情報バラエティー)が始まったり、やはりEテレの『ハートをつなごう』(他人と自分の違いについて悩む人に向けた情報番組)が、『ハートネットTV』(生きづらさを感じている人全般に向けた情報番組)に進化したり。随分と変わりました。

 コップの水が溢れたというか、堰を切ったような流れが、テレビで起きているように感じます。その加速感が2000年代は欠けていたのだと思います」

 もしかすると、その背景には"テレビ対ネット"という不毛の図式があるのかもしれない。2000年代、ネットのブロードバンド化と同時に浮上した対立の図式は、いたずらに時間と労力を奪ってしまった気がする。

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