『東京鉄道遺産』著:小野田滋
「遺産」をめぐって

「遺産」をめぐる話・・・・・・と言っても「莫大な遺産をめぐる骨肉の争い」といった類の推理小説の話ではない。このたび、伝統ある講談社のブルーバックスシリーズから『東京鉄道遺産』という本を出版したことにちなんで、「遺産」という言葉について説明しておきたい。

 筆者は昨年も、ブルーバックスで土木学会の編著による『日本の土木遺産』という本を手がけていたので、二年続けて「遺産」というタイトルの本をブルーバックスで出版することとなった。ブルーバックスのコンセプトは、「科学をあなたのポケットに」なので、「遺産」はおよそイメージとほど遠いタイトルである。

 そのブルーバックスから出た遺産の本は、遺産相続のノウハウを科学的な視点で解説しているわけではない。「鉄道遺産」「土木遺産」というタイトルからも察せられるように、それぞれの技術がもたらした遺産という意味で、先達から引き継いだ技術的財産という意味が含まれる。

 遺産と同様に財産的な価値があるが、金銀宝石のように万国共通の普遍的な価値があるわけではなく、骨董品と同じで、わかる人には価値があるが、関心が無い人にとっては単なる「遺物」でしかない。

 こうした日本の近代を支えてきた技術遺産は、文化庁による文化財のカテゴリーとして「近代化遺産」という総称が与えられたが、具体的には、橋やトンネル、駅などが含まれ、日頃利用している水道施設や電力設備、道路、港湾施設なども立派な近代化遺産である。

「遺産」という言葉は、「遺失物」「遺族」「遺骸」「遺体」などが連想されるためか、日本語ではネガティブなイメージでとらえられることが多い。「遺」を用いた言葉には忌み言葉が多いためだと思われるが、英語では「ヘリテイジ(heritage)」と表現される。しかし、英語では「遺族」「遺骸」などは別の単語が充てられるので、「ヘリテイジ」には日本語の「遺」につながるような意味は含まれていない。

 英語の「ヘリテイジ」は、「財産を相続する」という意味に近いだろうか。日本語では、財産の多寡にかかわらず「遺産」という言葉でひとくくりにされてしまうが、先祖から受け継いだ土地家屋といった有形物や、家訓やしきたりといった無形物まで、「遺産」に含まれることになる。

 筆者が所属している土木学会では、こうした歴史的な近代化遺産の全国調査を行い、その成果に基づいて二〇〇〇(平成一二)年に選奨土木遺産という顕彰制度を創設した。選奨土木遺産は、土木構造物の歴史的価値を顕彰して毎年全国で二〇件程度が選ばれているが、管理者の同意を得た上で授与している。土木遺産は、公共財産として国や自治体、企業、法人などが管理している場合が多く、しかも現在も稼働中である場合が多い。

 このため、「まだ現役で使っている施設なのに、遺産などと呼んでほしくない」というネガティブな反応もあり、選奨土木遺産の選定に難色を示され、せっかく進んでいた話がご破算になってしまうケースもあった。「遺産」という言葉を克服することは、選奨土木遺産に課せられた大きな課題となり、「遺産」とは何かを縷々説明してから、具体的な交渉に入るケースがほとんどであった。

 
◆ 内容紹介
東京に残された「鉄道遺産」を研究の第一人者が解説する。駅舎や施設の貴重な歴史的写真・図版をカラーで豊富に掲載。保存版の一冊。
 
小野田滋(おのだ・しげる)
一九五七年愛知県生まれ。日本大学文理学部応用地学科卒業。一九七九年日本国有鉄道入社。東京第二工事局、鉄道技術研究所勤務を経て、分割民営化後は、鉄道総合技術研究所、西日本旅客鉄道(出向)、海外鉄道技術協力協会(出向)などに勤務。現在は鉄道総合技術研究所勤務。NHK「ブラタモリ」にも出演。工学博士(東京大学)。著書に、『高架鉄道と東京駅(上)(下)』(交通新聞社)、『鉄道と煉瓦』 (鹿島出版会)、『鉄道構造物探見』(JTB)など。