「安倍政権は本当に日本を救えるのか」
Part 4 供給過剰と緩い基準が、日本の高等教育制度を圧迫する

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Part 4
供給過剰と緩い基準が、日本の高等教育制度を圧迫する

不況が続く日本経済が悪影響を及ぼしているのは、企業活動や終身雇用制度にとどまらない。大学もまた、深刻な打撃を受けている。多くの大学にとって、学生数の不足は経営破綻を意味する。さらに、もっと広い意味で、日本の高等教育制度は、柔軟性を欠く典型的な官僚体質のせいで、学生や、そこで働く職員などにとっても、無益なものと成り果てている。

 長引く日本経済の低迷は国内の企業活動と終身雇用制度に深刻な打撃を与えている。さらに、大学、特に私立大学も、十分な数の学生を集められないところが経営破綻に追い込まれ始めている。

 この問題が表面化したのは昨年秋のことだった。新任の田中真紀子文部科学大臣(田中角栄元首相の娘で歯に衣着せぬ物言いで知られる)が、新たに大学としての設置を希望する三校の申請を不認可としたのだ。しかし、学校側や官僚からの総攻撃に遭い、結局、田中はこの闘いに敗れた。その後12月に行われた衆議院選挙では、与党民主党が大敗を喫し、保守政党の自由民主党による政権返り咲きが実現するのだが、田中はこの選挙で議席を失った閣僚のうちの一人だった。

 しかし、これで決着がついたわけではない。拡大する高等教育部門と縮小する需要との間にどう折り合いをつけるかは、成熟した低成長経済のニーズに合わせて労働人口の再構成を試みている日本において、喫緊の問題である。

 終身雇用を保障されたサラリーマンの国、という日本のイメージは、これまでもそれほど実態を反映したものではなかった。自営業者や、農業・サービス業・製造業などで不安定な雇用環境に置かれる労働者は、常に労働人口における少なくない割合を占めていた。

 しかし、1990年代前半のバブル崩壊後低迷を続ける日本経済は、雇用機会を浸食し、雇用の保証や福利厚生などをほとんど(あるいはまったく)受けられないような非正規労働者の数を増やしてきた。多くの大学新卒者の年収は、200~230万円(3万ドルに満たない)という比較的 低い水準にとどまっており、そのため、将来の結婚や子育てといった人生設計を描きにくくなっている。

 現在、日本人女性の平均出生率は1.39人で、これは イタリアなどの成熟国家とほぼ同等の水準だ。しかし、人口全体が高齢化し縮小するなかで、日本の大学の数はいまだに増え続けている。

 必然的に、現在783校を数える日本の四年制大学において、需要に対する定員の供給過剰は深刻なものになっている。すでに数校が経営破綻しており、多くの大学教育専門家は、日本の私立大学605校のうち、次の10年で経営が行き詰るところが少なくとも100校は出てくるだろうと予想している。

 「なぜ、日本で 今でも大学を新設しているのか、本当に不思議だ。経済の基本的原則を考えれば、大学に入学する学生の数が減っていく日本で、(大学が)生き残れないのは明らかだ」と、東京の桜美林大学大学院の諸星裕教授は語る。

 諸星教授は、日本の全私立大学の約半分は、文科省が定める定員を満たすだけの学生を集めることができない、と指摘する。このため、多くの大学では入学の基準を下げざるをえず、実質的に応募してくる全学生を受け入れるような状況になっている。

 この問題がさらに深刻化することは、単純計算からも明らかだ。2010年には、日本の18歳の人口は1214万人で、そのうち619万人が大学に進学した。国立社会保障・人口問題研究所は、国内の18歳人口は2015年には1202万人に、2030年には891万人に、そして2050年には681万人にまで縮小すると予測している。

 また、同研究所は日本の全人口について、2010年の1億2800万人から2030年には1億1700万人に、2048年には9913万人に、そして2060年には8670万人に減少すると予測を立てている。それなのに、日本では今でも毎年のように大学が新設されている。2000年に512あった国内私立大学の数は、2012年には605にまで増えている。

 日本の高等教育制度の危機について多くの著書がある諸星教授は、新設大学の多くは、二年制の女子短期大学だったところが、学生数が集まらないために、新たに四年制の共学大学としてスタートしたところだ、と言う。

 「しかし、これらの短大が四年制へと切り替えたところで、学生を集めるのは容易ではない。生き残りをかけた厳しい状況が続くだろう」

 多くの新設校は、東京・大阪・名古屋といった日本の大都市以外の地域に作られている。しかしほとんどの学生は、自宅の近くの地元の大学ではなく、東京などの大都市の大学への進学を希望している、と、諸星は付け加えた。

 3校の新設を認可しようとしなかった田中文科相の立場には一理あったものの、その試みは文科省の手続きに反するものであったため、結局は失敗に終わり、田中による謝罪で幕を閉じた。しかし諸星教授の見解では、このうち実際に認可されるべきだったのは、北海道にある札幌保健医療大学の1校のみだったという。

 この学校は、現在差し迫った必要性のある、看護師への専門教育を提供する大学である。「他の2校の認可については、確信が持てない」と、諸星教授は言う。 他の2校とは、秋田市が出資する2年制の短大である秋田公立美術大学と、幼稚園教諭の教育を行う岡崎女子大学である。いずれも、現在経営難に直面している典型的な種類の学校だ。

設計ミス?

 田中真紀子との闘いに勝った官僚も、日本の人口の趨勢については十分に承知しているが、大学の数を増やすにあたっては彼ら独自の論理が働く。大学の数が増えなければ、定年を迎えた官僚が退職後に「天から下って」就職する、いわゆる 「天下り」のポストが不足してしまうのだ、と述べるのは、専修大学商学部の小藤康夫教授。『大学経営の本質と財務分析』の著者でもある小藤は「官僚は、評議会の委員や、その他事務職や教職に就くことを当てにしている」と指摘する。

 大学のビジネスモデルの問題に対応しきれなかった日本は、 経済再生を促進する好機を逃している、と諸星教授は言う。

 「現時点での問題は、学生を集めるために入学基準を下げた、レベルの低い大学が多すぎる点だ。これが悪循環になっている。そのようにレベルを下げれば下げるほど、その大学は世間から軽視されるようになり、やがて経営破綻に追い込まれてしまう」と、東京の多摩大学の元学長で、秋田国際大学副学長のグレゴリー・クラークが付け加える。

 国際的な学力テストでは、日本のもっと年少の生徒のスコアは非常に高いが、「本質的な問題は、日本のこの部分(高等教育)における教育の質が低いことにある」とクラークは指摘する。

 これは何も最近に限った ことではないが、日本の大学のほとんどは、一度入学した学生に対して多くを要求しない。ほとんどの学校では、学生の進級の可否を判断するのにGPAなどの基準を用いることはなく、学生は大学入試に向けた準備の段階で一生分のエネルギーを使い果たしてしまったものとみなされている。一度大学に入学してしまえば、学生は勉強せずにひたすら遊ぶ。ほとんどの学生にとって、これは労働市場に加わる前に唯一許された、比較的自由で開放された時期なのだ。

 GPA制度を導入している数少ない日本の大学の一つが、東京の国際基督教大学(ICU)だ。同校は1949年に日本と北米のキリスト教指導者によって創設された当初から、この制度を導入している。

 リベラルアーツ・カレッジであるICUは、1年次に集中的に語学教育を受けた後、単位の半分を英語での講義で取得することを学生に要求している。「ICUでは、3期連続でGPAの平均が2.0を下回った学生を退学処分にしている。桜美林でも同じような基準を設けている」と諸星教授は言う。

 ICUや桜美林など、学生に厳しいハードルを課す日本の私立大学は限られている一方で、ほとんどの私立大学では財政的にそのようなアプローチをとりにくい構造になっている。これらの私立大学は平均して、収入の87%を授業料と入学金が占めており、残りの13%が政府からの助成金やその他の財源である。

 諸星教授の試算では、ICUの収入に占める授業料と入学金の割合は約55%である。残りの資金のほとんどは、 1949年に設立された日本国際基督教大学財団が提供している。一方、国立大学では財源の45%が政府からの助成金である。

 大学教育で求められるレベルが厳しくないことで、各大学には、学生に対する教員の割合など、さまざまな部分をあれこれやりくりする余地が生まれる。文科省は、文系の授業では学生70名に対して教員1名という基準を設けている。一方ICUでは、教員1名当たりの平均学生数は19名である。

 これらのさまざま問題を、イギリスのオックスフォード大学セント・アンソニーズ・カレッジの苅谷剛彦教授(社会学)は、論文「高等教育と日本病」のなかで総括し、授業当たりの人数が多いことは教育レベルの引き上げに寄与しない、と指摘している。

 「これにより、教員は学生に個別の指導とフィードバックを行うことが困難になる。何よりも、ほとんどの授業では読解の課題が出されない」と、東京大学で20年以上教育社会学の教鞭をとってきた苅谷教授は言う。

 学問分野を強化するための手段の不足も重要な問題である、とクラークは言う。「真の問題は、大学の数が多すぎることよりも、むしろ教育の質が低いことにある」と、彼は言う。

 たとえばオーストラリアでは政府が大学を財政的に支援し、大学には成績の悪い学生の入学を許可することを求める一方で赤点を取り続ける学生は退学にできるようにしている。「日本には、学生に勉強をさせる仕組みがない」と、クラークは言う。

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