読書人の雑誌『本』
『牛乳とタマゴの科学』著:酒井仙吉
学問の大切さと面白さを若い人に伝えるために

酒井仙吉氏

 退職後に大学のことをあれこれ考えるのも妙なことだが、本題を語るには避けられなかった。教育の本質は「教え育てる」ことだと信じてきた。ところがいつの間にか理解に苦しむ学生が目立つようになり、教わる側のことをあらためて意識するようになった。

 一九七九年、国公立大は入学試験で共通一次試験を義務化、これを東大は一段階選抜として利用した。二年後、その学生が本郷(学部)に進学してきた。当時私は助手、主な業務は学生実習で、駒場(教養課程)から進学直後の学生を相手にしていた。実習では雑談も多い。

 しばらくして違和感を覚えた。個性的で豪快な学生が少ないのだ。翌年も同じ、駒場の同僚に話すと、彼らが共通一次世代であることがわかった。入試制度で学生の個性が変わることを知った。

 学生は三年生の冬学期に希望する研究室を選ぶ。配属先が決まって最初に口にすることは「テーマをくれ」である。教員も当然のように従う。今では教員の大半が同じ試験制度の経験者だから、何も変と思わないようである。自分でテーマを決めていた頃を知る私には驚きである。

 残念ながら教員が与えるテーマに画期的な内容はほとんどない。学生は結果が出ないとテーマが悪いといい、一方で自分を責め、簡単に落ち込む。むしろ失敗から学ぶことの多かった経験者からすると、これまた大きな驚きである。

 しばらくして、学生による授業評価が始まった。それ自体は悪いことではない。ただ「面白くない」を口にする学生が多くなった。彼らが引き合いにだすことに予備校がある。そこの教師と比べられても困るが。ただし手取り足取りは大学合格まで、それ以降は自分の努力を糧にする以外ないことに気づかない。時間はたっぷりあるのだから、面白くなければ自分で勉強すればよい。

 世の中には答のないことばかりなのだが、正解を口にする学生が多くなった。進学校では二年生で全教科を終え、残り一年間を受験勉強に当てるという。受験は○×の世界、速く正確に解く技術を習う。そこで優秀であった学生は、ものごとには常に正解があり、それも一つだけと考えるのも不思議はない。一方で、入試と直接関係ないからなのだろう、大学で「何を学びたいのか、何をしたいのか」がわからない学生が目につく。

 経済的にゆとりある家庭の子弟が受験校と予備校で学ぶ。そうでないと合格が覚束ないからだが、入試制度が平均的な学生を増やした。恐らくアインシュタインは不合格、天才には厳しい現実である。苦学生は死語になり、入学して欲しい学生は来ない。都内出身が三人に一人を越え、東大は東京の大学となった。

 
◆ 内容紹介
毎日食卓に並ぶ牛乳とタマゴこそ、人間が健康で豊かな食生活を送ることを可能にした最高の食品です。牛乳とタマゴはどうやって大量生産できるようになったのか、なぜ乳製品やタマゴは体によいのか、タマゴは本当にコレステロールの原因になるのか、バターとマーガリンではどちらが体によいのかなど、牛乳とタマゴに関する身近な話題が満載。