読書人の雑誌『本』
『新しい認知症ケア』著:三好春樹
「命より金」に抗う介護

「介護の時代」と言われ始めて久しい。「介護は国民的課題である」とも語られ続けている。しかし大多数の国民にとって、まだ介護は身近な興味の対象ではない。関心を示すのは、自分の親が要介護状態になってしまったときに、いったいどうすればいいのかと私のような介護関係者に、ツテを頼って相談にくるといった形のことが多い。

 そのとき私たちは、私たちにとっては日常である介護という世界が、一般の人たちにとってはほとんどイメージすることもできない遠い世界であることに驚くことになる。こちらからは一般の社会は見えている。でも一般の社会からは介護の世界はちっとも見えていないらしい。ちょうど刑事ドラマの取り調べ室にあるような一方にだけ見えるガラスの壁が存在しているかのようである。

 とはいえ、親の介護といった当事者になったときに初めてこの世界に頭を突っ込むというのは当然のことではある。切実性があってこそ興味も関心も持てるのだから。しかし、一般社会と介護の世界のこの距離の原因はそれだけではなさそうだと私は考えている。

 どうやら両者の間には価値観や人間観に大きな違いが生じているのだ。だから一般社会からは介護の世界は〝見えない〟のではないか。そして私たちの側は、いくら語っても通じないから、とコミュニケーションをあきらめているような気がする。

 三・一一以降、私は「絆」とか「ひとつになろう」と言われるたびに違和感を募らせ恐怖すら感じてきた。なぜなら日本人は、「絆」からこぼれたり「ひとつ」になれない人に対しては残酷な民族だからである。

 歴史をひもとくまでもない。この国では自殺者の数が年間三万人を越える状況がずっと続いていた。過酷な競争社会で金儲けにつながらないものはいじめを受けて会社から追い出されるのだ。いまや世の中は〝命より金〟である。

 福島の原発難民はこの金儲けのための〝ひとつ〟からはじき出された人たちである。そしてこの国は、これからもそうした犠牲を作ってでも〝ひとつ〟を続けることを選択しつつあるのである。

 そんな時代に希望はあるか。私は『希望としての介護』(雲母書房)という名の発言集を出版した。私は介護の世界にこそ希望があると考えている。

 競争社会はスポーツのようなフェアな世界ではない。いかに競争相手の弱者を叩くか、身内の弱者をリストラするかという世界である。しかし介護は違う。といっても全部ではない。なにしろそんな競争社会の原理が「介護の近代化」などと称して入り込んできているから。

 
◆ 内容紹介
本書は認知症ケアの必要性が叫ばれているいまこそ、介護家族、介護職、介護周辺の専門家に求められている本でしょう。私は認知症については「重度」とか「重い」という言葉を使いません。その代わり、「深い認知症」という言い方をしています。介護職は、認知症のお年寄りの言動を、理解不能と決めつけることなく、彼らが私たちに何かを訴えようとしているのではないかと考えなければなりません。こうした姿勢こそが、老人たちを落ち着かせ笑顔を生み出してきたのです。これを私は「介護の力」だと言ってきました。私たちに必要なのは「医学」ではなく「人間学」なのかもしれません。