『王陽明「伝習録」を読む』著:吉田公平
疑いながらも信じること

 東日本大震災が起きてからすでに二年が過ぎた。その当日、私は福岡市の旧居にいた。明日には岩沼市に帰るぞ、と準備をしていた時に、大阪の娘からメールが入った。宮城県の海岸沿いが津波に襲われたと。仙台空港が津波に襲われる状況を映像で見た。

 岩沼市は仙台空港のある町である。福岡―仙台便は飛ばない。東北縦貫自動車道も新幹線も動かない。しばらくは福岡滞在を決め込んだが、留守番の娘の安否が気にかかる。三日目、娘から災害伝言ダイヤルで無事の伝言。ホッとするも、電気・ガス・水・食料の確保に難儀している旨が伝わってくる。

 飛行機・バスを乗り継いで急ぎ帰ろうかといったら、今すぐに帰られても、増えた人数分の必要品を確保するのが大変だから、もう少し福岡にいてと。腹を決めて居座ったが、帰宅したのは新学期の行事を済ませた後であった。その間、被災地の救援支援活動、被災生活をしのぐ有様などが、くりかえし報道された。

 被災者の皆さんが、大きな混乱もなく、不便を乗り越えている姿が刻印された。公的な救援支援もさることながら、ボランティアの皆さんの支援参加には目を見張るものがあった。災害列島日本であるから、いわば運命共同体であるという意識があってのことでもあろう。近い過去に震災に見舞われて、「お返しに」と参加した人たちもいたに違いない。大方の人が余力があれば自分のできる範囲でお役に立ちたいと思ったのではなかろうか。

 釜石市の姉妹都市である東海市で、市民の防災意識を高める市長さん達の集まりがあった。嚶鳴フォーラムという。群馬大学の片田敏孝先生が基調講演をされた。そのあとの懇親会で、自分は健康状態が思わしくないし支援するだけの経済的余力もない、と忸怩たる思いを述べた方がおられた。

 私は次のように話しかけた。もう一つの支援があります。我が身が住む地域で自分の持ち分を果たすこと、それが回りまわって、被災地に支援の輪が広がるのですから、関心を示しながら、生活の現場で自分の役目を果たすことが、間接的ながら支援することになりますと。支援物資の配給を静かに待つのは、最後に並んでも自分の分があるはず、不足する場合には分け合って皆に行き渡るように配慮されるはず、という心理がはたらいていたからではなかったか。

 中国・宋代の朱熹は飢饉に見舞われた時に有志者が自発的に救援活動をしている姿を目の当たりにして、ああやはり人間の本性は善なのだと述懐している場面がある。被災者がパニックにならずに救援を静かに待つのも、他人が自分たちを見捨てたりはしないと信じているからではないのか。他者の不幸不運を座視できずに手をさしのべるのも、そうするのが人間であることの証であるとわきまえているからであろう。

 人の本性は善であると述べたのは中国古代の孟子である。後輩の荀子は書斎の空論と一蹴した。世の中を見てごらん。悪人で満ちているではないかと。東日本大震災のおりにも、千載一遇のチャンスと捉えて悪事を働いた人たちがいた。いつの世にも他人を不幸に追い込むことを稼業にしている一群の人がいる。

(よしだ・こうへい 元東洋大学教授、中国哲学)

 
◆ 内容紹介
中国・明代の儒学者、王陽明。当時、新儒教として学術思想界の主座にあった朱子学の論理構造を批判的に継承した彼の実践的儒学は、陽明学として結実する。近世以降の中国のみならず、わが国でも大塩中斎や吉田松陰、西郷隆盛ら、変革者たちの理論的背景となった思想とは何か。陽明学の最重要書籍を原テキストにしたがって読み解き、その精髄に迫る。