「安倍政権は本当に日本を救えるのか」
Part 1 為替をめぐるグローバルな対立 ~待ち受けるのは最悪の事態か、それとも万人にとっての利益か

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Part 1
為替をめぐるグローバルな対立 ~待ち受けるのは最悪の事態か、それとも万人にとっての利益か

多くの者にとって、円安をめざす日本の最近の動きは、グローバルな通貨戦争に着火する火花のように思われた。20世紀に世界が大恐慌に沈んだのは、一連の通貨切り下げ競争が一因だったのだ。今までのところ、各国中央銀行関係者は、為替を政治問題化しようという衝動に抵抗している。だが一部の専門家によれば、 為替をめぐるイザコザは危険であり監視が必要だが、市場における均衡状態を生み出すには必要でもあり、グローバルな景気回復を助けることになるという。

  2012年末、安倍晋三首相は猛烈な一斉射撃を開始した。長年の低迷に沈む日本経済にむりやりにでも活を入れる試みとして、安倍首相は日本銀行(日銀)に年2%のインフレ目標を設定するよう圧力をかけたのである。もし日銀がこれに抵抗するようなら、日銀の独立性を制限する法律を成立させるとの脅しもかけた。

 「日本も同じことをやらなければならない。世界各国は輸出競争力を高めるために紙幣を増刷している」と安倍首相は述べた。日銀は屈服し、国債の購入を拡大することを表明した。

 安倍首相はさらに大きな一歩を踏み出した。数年来、日銀の保守的な金融政策に対する批判の急先鋒であった 黒田東彦を日銀総裁の座に据えたのである。多くのアナリストによれば、黒田の日銀総裁任命は、安倍首相が日本経済の活性化とデフレ脱却に向けて、本気で金融システムに相当規模の流動性を注入するつもりだということを裏付けているという。こうした動きは同時に、日本の通貨に対する引き下げ圧力となる。

  首相の行動はただちに警戒を生んだ。上述のような計画が発表されたことで、すでに円は昨秋の1ドル77円前後から100円前後へと下落した。この急落は、 グローバルな通貨戦争を引き起こしかねない契機のように思われた。一部の経済史家によれば、20世紀に世界が大恐慌に沈んだのは、一連の通貨切り下げ競争が一因であったという。

 ドイツ連邦銀行総裁のイェンス・ヴァイトマンは、安倍首相の日銀に対する強引な姿勢は、「為替相場のさらなる政治手段化につながりかねない。これまで国際金融システムは通貨切り下げ競争なしで危機を切り抜けてきた。そのあり方が続くよう切に願っている」と述べ、米国、イギリス、ロシア、韓国その他の国の中央銀行関係者も、こうした見解に同調している。

 一方、2月半ばと4月末に開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議の参加者は、こうした脅威については慎重だった。円の下落は国内の金融政策の結果であって、露骨に為替レートを目標とするものではないというのが彼らの結論だった。

 2月の会合で国際通貨基金 (IMF)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事は「通貨戦争を云々するのは誇張である」と述べている。

 「主要通貨の公正価値からの大きな乖離は見られない。各国がそれぞれ自国の経済について適切な政策を行っていれば、国際金融システムはうまく行く」

 また、「フォーブス」誌が4月の会合 の後に次のように書いている。

 「(G20)参加国は通貨戦争と政府債務危機についてあまり心配していないようで、むしろ経済成長の取り組みを促すことを望んでいた。(中略)昨秋以降の大幅な円安を見過ごしていることを日本が指摘されたり批判されたりということもなかった。(中略)もしG20諸国のいずれかから日本の攻撃的な金融政策スタンスに対する批判が何かあったとしても、それはもみ消されてしまった」

 ウォートンスクールのブラント・ガルトキン教授(金融論、元トルコ中央銀行総裁)は、警戒すべき理由はまだないという点に同意する。「昔とは全然違う世界になっている」と彼は言い、大恐慌は、第一次大戦の終結、英ポンドへの圧力、金本位制の衰退など多数の要因による特殊な結果だったと指摘する。

 「あの当時は、各国が通貨切り下げ競争を通 じて互いを出し抜こうとする時期だった。『相手に損をさせる』政策が、国際貿易に打撃を与える関税引き上げや輸入制限につながった。今日とは異なり、それは非常にリアルな問題だった」

功罪のバランス

 専門家によれば、当時とは対照的に、今日の円やドル、その他の主要通貨の下落は、主として、近年の世界的なリセッションを受けた各国国内の拡張主義的な金融政策の結果である。ウォートンスクールのマウロ・ギレン教授(経営論)によれば、連邦準備制度が2008年に始まる数回の量的緩和に踏み切ったことを考えれば、こうした動きの主な旗振り役は米国である。

 ギレン教授は、連邦準備制度は「金利を低く抑え景気回復を促すために」紙幣を増刷して米国債を買い入れたと指摘する。「だが、ドルの価値が下がるとともに、米国からの輸出が増大したことは言うまでもない」。

 ガルトキン教授も次のように言う。

 「これが為替操作の試みだとは言えない。拡張主義的な政策は、他国の経済にとっても プラスになる。米ドルの価値が低下すれば、一方で米国からの輸出が伸びる。しかし他方では米国市場も拡大し、他国からの輸入を吸収することができる。プラ スマイナスはゼロになるかもしれない」

 カーネギー国際平和基金のシニアアソシエイトで、世界銀行で経済政策担当ディレクターを務めていたユリ・ダドゥーシュもこれに同意する。

 「主要国(米国、ユーロ圏、中国、日本)のあいだでは、為替操作はほとんどまったく行われていない」とダドゥーシュ。だが彼は、世界の主要国の経済・通貨が弱点を見せている今、通貨戦争への懸念を抱くのも無理からぬことだ、と言葉を添える。

 「システムの柱で あるドルとユーロが所属している経済そのものがプレッシャーに晒されており、誰もが神経を尖らせている。どの国も、他国に比べて我が国の競争力はどれくらいあるだろう、と自問している」

 実は、「通貨戦争」という言葉を発案したのは、2010年、ブラジルのギド・マンテンガ財務相である。 このとき、ドルの下落、そしてドルと連動していた中国の人民元(RMB)の下落によりブラジルの輸出は減少し、ブラジル経済にはインフレ圧力が生じた。

 ニューヨークのマーチャントバンク、タンジェント・キャピタル・パートナーズのシニア・マネージングディレクターで『通貨戦争 崩壊への最悪シナリオが動き出した!』の著者ジェームス・リッカーズは、米国の金融緩和は国内でのインフレを煽りはしなかったが、他国にインフレを輸出し、「アラブの春」などの現象が生じる道を拓いた、と指摘している。

 とはいえ、新興市場国の輸出品を大量に購入してくれる先進国の経済が復活することは、開発途上国にとってもプラスになるだろう、とダドゥーシュは言う。近年の世界的なリセッションのなかで、結局のところ、大規模な開発途上国は先進諸国よりも景気が良く、開発途上国の通貨は上昇した。自国通貨の上昇によって輸出には悪影響が出たが、国内ではインフレが抑制され、国民の生活水準は改善されたとダドゥーシュは指摘する。

 「とはいえ、ブラジルの通貨が20%上昇し た場合に、ブラジルの財務相が懸念するには及ばない、という意味ではない」と彼は言う。「とはいえ、全体として、これは正しい方向への秩序ある調整なのだ」

 それでも、円相場をめぐる日本の動きは、特にユーロ圏の神経を逆なでする。円安に対する批判が最も大きいのは、周縁の小国における 政府債務危機から這い上がろうと苦闘を続けている欧州なのである。「欧州中央銀行は他国の中央銀行に比べて拡張政策を進める自由に欠けている」とガルトキンは言う。

 「インフレを安定させるこという非常に厳しい責任を与えられており、何よりも必要な時期に拡張主義的な政策を進めることができない。このことが 通貨をめぐる欧州の状況を悪化させており、[世界各国の通貨下落による]調整の負担はユーロにかかってくる」

 ダドゥーシュによれば、実際、今年初めまで にユーロの対ドル相場は約10%上昇し、ユーロ圏の弱小国にとっては輸出を通じた景気回復がいっそう困難になっているという。EUによれば、今年のユーロ 圏経済は2年連続でマイナス成長となり、ギリシャとスペインの失業率は25%以上になるという。

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