2013.05.30(Thu)

「今年度中に何店舗」「次はロンドンに」という出店計画は立てません。
「会社は大きいほうがいい」とは思ってないからです。

メーカーズシャツ鎌倉 貞末タミ子

週刊現代
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ポジティブ

 私はのんびり屋で、事業で何かあっても悲壮感は持ちません。たとえば専業主婦時代、夫が勤めていたアパレル企業の業績が悪く、賞与が洋服の現物支給になったことがありました。販売をしておカネにしたのですが、この時、友達に「買って」などと言わず、本心から「こんなに品質のいいものが、このお値段で買えるわよ!」と楽しそうに提案したら、みんな喜んで買ってくださいました。

 '95年に横浜のランドマークタワーからの出店依頼があり、2店舗目を出した時も同様です。今思えば、まだお店が小さかったので、もし出店が失敗に終われば在庫を抱えて「討ち死に」でしたが、私は「高い評価をいただけてうれしい」とポジティブにしか考えませんでした。だから、取材などでたまに「苦労話を聞かせてほしい」と言われることがあるのですが、本当に「ない」んですよ(笑)。

マダム

 メイド・イン・ジャパンの商品は、どれも、品質はよいのだろうと思います。しかし、みんな成功するわけではありません。ポイントは「認知」。最初は名前を知っていただき、次に品質やフィロソフィーを知っていただくのです。

 当時、店には私の友達が来てくれていたため、次第に雑誌などで「鎌倉マダム御用達」と言われるようになりました。当時、夫は「雑誌に出ると一見さんばかり増えて、常連さんが来られなくなるって言うけど・・・・・・」などと心配していました。しかし私が「あなたは直接、販売していないのですから、認知されていないつらさがわからないのではないでしょうか」と言ったら、任せてくれたことを覚えています。

NY ハリケーンに見舞われたが「開店初日からお客様が来てくださり、胸をなで下ろした」。写真右は夫で同社会長の良雄氏

ジャパン

 技術力が確かな工場とお付き合いさせていただくこと、いい人材を集めること、いずれも「会社をよい状態に保っておくこと」ができてこそ可能なことだと思います。当社はずっと「いつか(ファッションの世界的中心地である)ニューヨークへ進出したい」と言ってきました。すると、本来はライバル関係にある、日本各地の提携工場の方たちが「オールジャパンで臨もう」と、企業の垣根を取り払い、技術の共有を始めてくださったのです。

夢が叶う

 昨年の10月30日にニューヨークのマディソン街へ海外1号店を出店しました。開店当日、珍しいお客様がいらっしゃいました。サンディ(と名付けられた大型ハリケーン)です。地下鉄も止まり、マンハッタンに通じる橋も閉鎖。電気も一部停電。

 しかし私たちはたまたま宿舎が近所だったので店を開けたのです。するとさっそく、近隣のホテルにお泊まりのお客様でシャツの替えがなく困っていたフランス人のビジネスマンが商品をお買いあげくださり「たまたまやっていたから入ったんだけど、よい出会いだった」とおっしゃってくださいました。

言葉はいらない

 ニューヨークで感じたのは、日本のすばらしさです。日本食は愛され、日本人は尊敬され、様々な分野で「メイド・イン・ジャパンは高品質」と評価されています。一方、ニューヨーカーも、世界のいいものを知っている。シャツを選びに来たビジネスマンの中には、値札を見ず、しかし一番高級な商品を選ぶ方が多いのですよ。

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