2013.05.30(Thu)

「今年度中に何店舗」「次はロンドンに」という出店計画は立てません。
「会社は大きいほうがいい」とは思ってないからです。

メーカーズシャツ鎌倉 貞末タミ子

週刊現代
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メイド・イン・ジャパンの上質なシャツを税込み5145円で販売、というコンセプトが人気を博し、現在、全国に24店舗を構えるメーカーズシャツ鎌倉。昨年はアパレルの世界的激戦区であるニューヨーク・マディソン街の中心部に出店。国際的なビジネスの場でも高級品と認められる正統派シャツは、アメリカのビジネスマンからも支持された。社長は鎌倉で生まれ育った貞末タミ子氏(64歳)だ。
 

「今年度中に何店舗」「次はロンドンに」という出店計画は立てません。「会社は大きいほうがいい」とは思ってないからです。さだすえ・たみこ/'48年、神奈川県鎌倉市生まれ。'66年に聖園女学院高等学校卒業、'68年アテネ・フランセ仏語科修了。ヴァンヂャケットに入社し、'70年、結婚を機に退社。22年間の専業主婦を経て、'93年、鎌倉市内で創業した。翌年法人化、以来現職。今年4月末には、英語のショッピングサイトもスタートさせた

45歳の転機

 人生の転機って、迎えた瞬間は「転機」だと思っていない場合があるのかもしれません。'93年に、鶴岡八幡宮(鎌倉市)近くのコンビニの2階に小さなお店を開きました。夫がアパレルの企業に勤めていて、彼にはずっと、胸にあたためていたビジネスモデルがあったのです。当社のような小売店が、中間流通を通さずに、直接、素材メーカーや工場へ発注するのです。

 小売店にはメーカーや工場との信頼関係が必要となりますし、在庫リスクも発生しますが、様々な中間マージンが存在しない分、いい商品を安くご提供できます。この案を具体化した店を出しました。当時45歳、子育ても順調で、専業主婦としての生活をエンジョイしており「将来、社長になる」とは夢想だにしていませんでした。

小さな一歩

 何でも「ダメもと」で「やってみなきゃわからない」と思っています。たとえば店を出したばかりの頃、品質には自信があっても、店の存在が認知されていませんでした。

 そんなある日、店の向かいのおそば屋さんに行列ができ、並んでいるみなさんが雑誌『Hanako』をお持ちだったのを見かけたのです。私の店も載せてほしいな、と思い、でもどうすればいいかわからなかったので、下のコンビニで『Hanako』を買って、編集部の住所を見て、手紙を送りました。

 すると、しばらくして編集部の方から取材申し込みの電話がかかってきた。記事の掲載後、多くのお客様にいらしていただけるようになったのです。今思えば、あの小さな一歩が、大きなきっかけとなりました。

1号店 鶴岡八幡宮近くのコンビニの2階に『メーカーズシャツ鎌倉』の最初のお店を出した当時の貞末氏。お店は小さく、まだ認知度も低かった

女性の力

 店に立って学んだことは「消費の鍵は女性が握っている」ということ。女性は自分に合ったものを探すため、初めての店も比較的気軽にご利用なさいます。一方男性は、なかなかお試しくださいませんが、一度「これはいい」と認めて頂けたら心変わりしにくい。店が流行る段階で多かったのは、女性が商品を気に入ってくださり、男性は奥さまやガールフレンドに連れてこられる、というパターンでした。

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