第34回 福富太郎(その四)稼いだ金はすべて名画に費やす---もう一つの顔、「絵画コレクター」

 福富太郎さんは、絵画のコレクターとしても名が知れわたっている。

 そのコレクションの白眉とされているのが、美人画作家、岡田三郎助の傑作『あやめの衣』であった。

 岡田は、黒田清輝と久米桂一郎の天真道場の出身で、明治二十九年、白馬会の創立に参加した人物。洒脱な性格で、芥川龍之介や泉鏡花、水上瀧太郎ら文士とも親しく交際していた。

 以下、福富さんが語る。

「あの絵はね、実は五千万円で買ったんですよ。それで暫く持っていたんだけれども、その年に大きく赤字が出てしまってね、二億一千万円前後、と。どうしようか、と考えていたら、ポーラ化粧品の鈴木常司さんが買ってくれた。二億五千万円位でした。

 それで、中間決算で、二億の赤字を埋められたんですよ。埋めただけではなくて、こちらが一生懸命働いた、って事もあるんですけど、結局、二、三百万の黒字になったんです。調べに来た税務署員に褒められましたよ。偉い奴だ、とまでは云われなかったけれども」

 同じく福富コレクションの白眉とされている、藤田嗣治の『千人針』図についてのやりとりも面白い。

 いわゆるイトマン事件---伊藤萬株式会社をめぐって発生した特別背任事件---に介入した許永中は、会社の経営を安定させるためとして美術品を買い集めていた。伊藤萬が破綻した後、許永中が買い集めた美術品は、競売に付された。

 この時、福富さんは、『千人針』図を百万円で入札したのだった。

「イトマンの帳簿では、一億二千万円になっていたらしいの。で、私はね、百万で入れてみろ、と云ったんですよ。そうしたら、仲介人がブルっちゃってね、恐いって。でも、いくら許永中だって競売で人を殺したりはできない、と。オークションで安く入札したから殺された、っていう例しはこれまでないだろう、って云って入札させたの。そうしたら百万で落ちましたよ」

 帳簿価格一億二千万円という藤田の名作を、百万円で手に入れたのだから、買い物上手と云う他はない。とはいっても、いい買い物をするためには、それなりの修養と投資が必要なことは云うまでもない。

「で、藤田の奥さんの友達って人がいて、藤田作品の鑑定なんかをやっている。その人に見せたんですよ、『千人針』を。そうしたら『キャンバスも、絵の具もバッチリです』って、太鼓判を押してくれた。『こんないいものはない、大事にしなさい』って」