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GW合併号特別企画 第3部 人生いろいろ、秀才もいろいろ行方不明になったやつもいる無職でブラブラしているやつもいる 開成、灘、筑駒 卒業30年後の「神童」たち

 ある灘のOBが言う。

「実は僕らの代には行方不明になっている同級生がいます。彼は高校1年の夏休み明けに突然、髪型がリーゼントになり、短ラン(短い学ラン)、赤Tシャツにボンタン(太いズボン)という格好で学校に現れた。どうやら地元のヤンキーとつるみ始めたようで……。

 しばらく学校に来たり休んだりの時期が続き、気づいたら完全にいなくなっていた。先生に訊くと『彼は辞めた』とのこと。それ以後、彼の消息はプッツリ途絶えました。自営業をやっていた実家も、引っ越したのか連絡がつかない。

 いまでも同級生が集まると、『アイツ、何してるのかな』なんて話になります」

 灘に合格するような秀才でも、思わぬ形でドロップアウトするケースがあるのだ。筑駒にも、こんな「剛の者」がいる。

 税理士として三鷹に事務所を構える野田泰永氏(45歳)の最終学歴は筑波大附属駒場高校卒。彼の送ってきた人生は、前章までで見てきた筑駒のイメージからはおおよそかけ離れている。

「高校に進んで酒、タバコ、麻雀を覚えてからは、もうほとんど学校に行かなくなりました。駒場東大前駅前にあったフリー雀荘に日がな一日いて、東大生をカモにして小遣いを稼いでいました。それで女子校の文化祭でナンパした女の子とゲームセンターに行ったり、西麻布で知り合った年上の女性の車の助手席に座ってドライブしたり、自分に酔ってましたね」

 そしてそのまま、大学受験をせず、筑駒を卒業。本人が「チンピラ時代」と語る生活が始まる。

「渋谷の雀荘で3日寝ないで麻雀しては、合い鍵をもらっていた風俗嬢の部屋に帰って、風呂入って24時間寝て、また雀荘にくり出す、みたいな日々を送っていました。実家には全然帰らないし、親からは犯罪者扱いでした」

肉体労働の日々

 こうした生活を続けて2年が過ぎた頃、雀荘で知り合った土建業の2代目に見込まれ、「うちで働かないか」と誘われる。野田の返答は速かった。

「『汗水たらしてスコップを振る仕事? もちろん嫌だ』と言ってやりました(笑)。でも何度も誘われるもんで、一度親方たちが勢揃いする新年会に行ってみたんですよ。それでいろんな土建業の親父たちと話してみたら、前歯とかないんですよ(笑)。なのにキャデラックをまた買ったとか海外で豪遊したとか言ってるんです。そのとき、思ったんです。『こいつらには勝てる』って」