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GW合併号特別企画 第2部 いつもどこかで競ってしまうテストの点数だけで人間を判断する「悲しい性」 開成、灘、筑駒 卒業30年後の「神童」たち

「僕は筑駒の中では落ちこぼれで、一浪で早稲田の商学部に入ったんです。そしたら、高校時代の友人たちと早稲田で出会う人間の知性の差に愕然とした。会話のリズムが合わない。

 結局、早稲田では一人も友達ができなかったし、早大卒という過去は私の中で抹消しています。宴会なんかで『早大卒の方、立って校歌を合唱しましょう』みたいな展開になっても、立ちませんから」(筑駒OB)

 筑駒生にとって、早大卒という学歴は恥ずべきもので、間違っても自慢するものではない。ある灘高OBも、「社会人になって『早稲田も明治も、俺にしてみれば同じようなもんですけど』と言ったら早大卒の上司に本気で怒られた」と苦笑する。

 彼らからすれば、早稲田も明治も「東大以外の私大」という意味では大して変わらないわけだ。開成の場合は、あの京都大学に合格しても、「落ちこぼれ」として捉えられるという。ある開成OBが説明する。

「開成には、『現役の早慶より一浪の東大』という言葉があり、高3の夏を過ぎ、『東大は無理だな』と思う学生が出始める頃、どこからともなく聞こえてくるのです。

 開成生にとって、東大を受けて浪人するのは恥ではない。ただ、受けずに他大に行くのは、たとえそれが京大であろうが一橋大であろうが、すべて恥。勝負から逃げたと判断され、鼻で笑われてしまいます」

 得意なテストで、人生の進路を決めようとする、それも彼らに共通する特徴だ。だから、難関の国家試験を突破する必要がある医師、弁護士、官僚といった職種に集中するのだ。

「灘高から東大理Ł(医学部コース)に入る人の中には、単なる『試験好き』がいっぱいいます。そういう人が医者になっても、40歳を過ぎると、大体がパッとしないですね」

 そう語るのは灘高から東大医学部に進み、現在東大医科学研究所特任教授の上昌広氏(44歳)だ。

 勉強ができるから「成り行きで」医者になった。そういうタイプには、「やりたいこと」がない。

「医者も40くらいになると、生き延びるためには特色が必要。40歳の医者を一人クビにしたら、その給料で研修医が3人雇えますからね。付加価値のない医者はいらなくなるんです。病院の現場って、体力勝負だから若いほうがいいに決まってますから」

 上氏本人は、全国の医療格差、医師不足を研究するなど、社会と医療の連携分野に特色を見出している。

 今年、灘高からは東大理Łに実に27人が合格した。100人の定員のうち1校で3割弱。異常な占拠率である。