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新たなチャレンジ、胸にあります 元R35GT-R 開発責任者水野和敏氏が語る、退社の真相とGT-Rへの思い BC独占スペシャルインタビュー
毎年秋の進化が楽しみだったR35GT-R。水野さんの元でR35がどう進化していくのか? 見てみたかった気がする

 2013年4月1日、ベストカー(以下BC)は元R35GT-R開発責任者水野和敏さんに会い、90分にわたって話を聞くことができた。3月31日をもって日産を退社された水野さんだが、思いはすでに「次のクルマ創り」に向かっているようだった

BC 水野さんこんにちは。長い間お疲れさまでした。昨日いっぱいで日産から離れられたんですけど、何か気持ちの変化はありますか?

水野(以下敬称略)まったくないですよ。もともと俺は日産で働いているという意識はできるだけ持たないようにしてきたからね。これまでいろんなクルマを作ってきたけれど、あえて日産という会社、つまりインナースケールの軸を外して、アウタースケールで、クルマづくりを考えてきたから、だいたい社内(インナースケール)4割、社外(アウタースケール)6割という割合で考えてきましたから。

BC それじゃ質問を変えて、水野さんの中でもうGT-Rは作らないんだということについては、どうお考えですか?

水野 意識の中にある最も虚しいことは、お客様に対してとにかく申し訳ないということ。つい先日までは「GT-Rはまだまだ進化する余地があり、俺の頭の中にはいっぱいメニューがあって、それを数年以内に見せます」といってきたのに、それが実現できなくなったこと。それだけは心底申し訳ないと思っています。

アタマはクルマ作りのことでいっぱいだという。水野さんが軽自動車を作ったらどんなクルマができ上がるのだろう?

BC 水野さんの頭の中ではR35の完成型があったと思うんですが……。

水野 もちろん、R36までありましたよ。

BC つまり、R36のためにR35が役割を果たし、バトンタッチするところがR35の完成型だったんですか?

水野 世界のマーケットで1000万円以上もするクルマ(日本以外の各国でGT-Rはほとんどが1000万円超)がブランドとして定着するには1代じゃダメなんです。2代目が大事なんです。1代だけ注目されたことがありました。P10(プリメーラ)もR32(スカイライン)もV35(スカイライン)もベンチマークと営業要望で次は別の普通のクルマになっちゃった。日産の中で一番悩んで苦しんできたのは、それらのことでしたから、2代目を考えてスタートしなきゃダメなんだと思ったんです。だから、10年前、R35を始めた時からR35とR36の役割が頭の中にはっきりとあったんですよ。

R36GT-Rはアタマの中でしっかりとカタチになっていました

BC えっそれは具体的にはどういうことですか?

水野 例えばR35はスーパーカーの基本である速さという軸で世界一のものを作っているけれど、R36で俺がやりたかったことは、もしかしたら速さじゃないんだよ。R35とR36、2つが合わさって初めてブランドになり得る完成型ができるんだよ。つまり対になる連続性が必要なんだ。

BC 速さだけじゃないGT-Rですか?

水野 R35でトコトン速いクルマを作っておいてR36も同じ方向性に行ってもユーザーはもうおなかいっぱいなわけですよ。だから、もうひとつ別の顔が必要なんですよ。それがないと1000万円オーバーのスーパーカーのトップブランドにはなれないんですよ。R35をテーブルに例えてみましょうか。R35が年々進化を遂げ、最高のテーブルになった時、簡単にいえばこれ以上必要ないくらい速いクルマになった時に、R36という最高の椅子を提供したらどうです。R35とR36で最高のリビングだと皆が思うでしょう。それが最高のブランドというものです。これが私個人の思いとして日産という会社に贈る「最高のプレゼントメッセージ」です。

BC 今回日産を離れられた理由が、後進に道を譲られるということですが、どのくらい前から考えていらしたのですか?

水野 どこかの"有名"な自動車雑誌(BC)が俺のことをGT-Rのエコ性能で会社と衝突して辞めるんだ、みたいなことを書いていたけれど、全然そんなことないからね。

BC まったくけしからんですね。ほんとうにすみません。

水野 実は3年前、ゴーンCEOがルノーのCEOになった時にお忙しいこともあって、GT-RのプロジェクトはゴーンCEO直轄から外れたんだよ。ご存じのとおり、2003年末にR35のプロジェクトを任せてもらった時に、1000万円のスーパーカーを作るという発想やマーケットは日本の自動車会社の中にはなかった。だから、ゴーンCEOと俺はまったく別のやり方でスタートしたんだ。これまでのやり方じゃダメで、ゴーンCEO直轄にする必要があったんだ。だからこそ俺は本気でやってきたし、「ゴーンCEOがいるから私はGT-Rをやっている」と公言してきたんだ。そのゴーンCEO直轄でなくなるということは、当然、日産の一般解化(他のクルマと同様になること)の流れに乗ることだから、いずれR35から離れることになるなと少しずつ意識してきたんだ。

BC ゴーンCEOが水野さんに言った、世にいう「ミスターGT-R、君にすべて任せる」ということはお互いがわかっていたからの会話なんですね。

水野 そう、だけど俺は会社から権限もらって好き放題やったわけじゃない。「人、モノ、金、時間、みんな普通のクルマの半分でいい。その代わり人を鍛えて商品を進化させないとマーケットは存在しないよ」そう言ったんだ。人材だってエリート引っぱったんじゃない。むしろアウトローばっかりだったよ。今までの会社の伝統と価値観とやり方に、どっぷりつかって今やっていることに疑問を持たない人には、この新しいマーケットのクルマの創造はできないんだ。会社内の価値観でしかものを考えられないことを俺はインナースケールと呼び、逆に本質でものを考えられることをアウタースケールと呼ぶんだけれど、R35のチームには、アウタースケールで物事を考えることを要求し、それが実を結んでR35が生まれたんだ。

BC 水野さん、今後もクルマ作りに携わっていかれると思いますが、もう青写真とか、おありなんですか?

水野 もちろんありますよ。すべてのカテゴリーを今後どう作り替えていくかって一年中考えていますよ。私はプロのエンジニア、つまりお客様の要求と夢に責任を持っているから。

BC 最も変わらないカテゴリーが軽自動車だと思うんですが、軽自動車を作ることもあるんですか?

水野 ロールスロイスと軽自動車は何が違いますか? 大きさだけでしょう? 5000万円と100万円で基本構成と作り方が同じというのはおかしくないですか? もし俺が作るとすれば軽自動車の構造の本質をかえちゃうよ。軽自動車は値段が高すぎると思います。それはロールスと同じ手法で作るから高くなるんですよ。アウタースケールで考えると、それがおかしいと気づくわけです。

BC えっ! 頭の中にもうあるんですか?

水野 ありますよ。すぐにでも始められますよ。どの技術を持ってきて、乗り心地や操安だ、燃費はどうだ、衝突安全性……すぐに出せますよ。GT-Rの開発で軽自動車やコンパクトカーにも応用できる技術開発部分を持っているんですよ。

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