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日本のセダンは復権するのか?
今日本のセダンがとっても熱い!

 日本でセダンがクルマ界の中心ではなくなって長い年月が経過。実情は主役どころか、脇役といった感じ。昔は子どもが描くクルマの絵といえばセダンだったが、今ではトランク部分が独立していない形を描くようになったのもセダン凋落を如実に示す事象のひとつといえる。

 しかし、昨年登場したレクサスGSを皮切りに、アテンザ、クラウンロイヤル&アスリートといった元気なセダンが続々と登場したことで、今がぜんセダンに注目が集まっている。

 復権するぞといわれ続けてはや十数年、日本のセダンはついに復権するのか? 本企画ではさまざまな角度からその期待度、現状について検証していく。

セダン復権か?今では想像できないほど
セダンが人気の時代があった 栄枯盛衰と今

パブリカは国民車構想のもと開発が進められた。今はないが当時は多く存在した2ドアセダンというボディ形態。ブルーバードは販売戦略、ff︲1はメカニズムに日本初のチャレンジが盛り込まれていた

 日本のクルマ史を振り返ってみると、'60年代はセダン、軽自動車が中心で、いろいろなタイプのクルマが登場するようになったのは'70年代に入ってから。

 ただし、'60年代はある意味イケイケ時代ということもあり、活気のあるセダンがいろいろ登場。それ以降、エポックメイキングなセダンはかなりの数に上るが、BC厳選のクルマをリストアップしてみると、ザッと以下のようになる。

【'60年代】
■トヨタパブリカ(初代・'61年デビュー)
■日産ブルーバード(2代目・'61年デビュー)
■スバルff-1(一代限り・'66年デビュー)

 この時代のエポックメイキングなポイントは大衆化という点に絞った。その意味では、トヨタ初の大衆セダン(2ドア)のパブリカ、日本車で初めてグレードのワイドバリエーションを展開したブルーバードは見逃せない。'66年に登場する日産サニー、トヨタカローラはもちろん日本のクルマ史に残る重要なモデルだが、エポックメイキングという点ではパブリカ、ブルーバードのほうが上といえる。

 そして今では当たり前になったFFセダンの国産元祖がスバルff-1で、販売面では苦戦するも、国産車で初めてラジアルタイヤを装着するなど、とにかくチャレンジングなセダンだったのだ。

【'70年代】
■日産スカイライン(通称ケンメリ・'72年デビュー)
■トヨタカローラ(3代目・'74年デビュー)
■日産セドリック/グロリア'79年(セドリックは5代目、グロリアは6代目・'79年デビュー)

 スカイラインはハコスカでかなり販売を伸ばしコンペティションモデルのGT-Rが登場するなど、インパクト抜群だったが、スカイラインの人気を決定づけたのは4代目の通称ケンメリスカイライン。シリーズ最多となる約67万台という販売実績を残している。

日本を代表するカローラ、スカイラインが最も売れたのがこの頃。セドリック/グロリアに搭載されたL20ターボは荒々しく仕上がりはイマイチだったが、それでもクルマ好きは熱狂し、日産シンパを増やした

 同様に売れたといえば、3代目カローラ。こちらも歴代最多となる161万台オーバーを販売している。約5年販売されたので、年間平均30万台超というとてつもない記録を残す。

 いっぽう、'79年の日産セドリック/グロリアについては、日本車で初めてターボエンジンを搭載したモデル、という点でリストアップ。昔から新技術はセダンから、というのが定番だったのだ。それはなぜか? セダンの注目度が高く、新技術をアピールするのに打ってつけだったし、何よりも売れたから。

【'80年代】
■トヨタマークⅡ(4代目のマイチェン後・'82年デビュー)
■トヨタカリーナED(初代・'85年デビュー)
■トヨタセルシオ(初代・'89年デビュー)

 '80年代のセダンはまさにトヨタ独占の時代といっていい。出すモデルがすべてヒットした、といってもいいほど。

白い4ドアハードトップブームの火付け役となったGX61、今欧州車で大流行しているクーペルックのセダンの先取りのカリーナED、高級車のクルマ作りを大きく変えた初代セルシオなど、トヨタの独壇場

 そのなかで、注目したいのはマークⅡ4代目の後期、マイチェン後のモデルだ。このモデルは通称イーグルマスクと呼ばれるモデルで、その後続くマークⅡ人気の礎を築いたモデルだ。トヨタのDOHC戦略の先鋒的存在で、〝ツインカム24〟のエンブレムが誇らしげに装着されていて、多くの若者が熱狂。マークⅡの最多販売は6代目だが、白い4ドアハードトップがもてはやされたハイソカーブームの元になったモデルとして記憶に残る。

 カリーナEDは、セダンでありながら実用性よりもスタイリングを重視するというチャレンジングなセダンだったが、このトヨタの狙いはドンピシャ当たり、一大ムーブメントになった。

 最後に初代セルシオ。トヨタが初めて高級サルーンマーケットに参入した記念すべきモデルで、その後の高級車のあり方に一石投じ、ドイツ御三家にも多大な影響を与えたモデルだ。

【'90年代】
■日産プリメーラ(初代・'90年デビュー)
■三菱ランサーエボリューション(初代・'92年デビュー)
■トヨタプリウス(初代・'97年デビュー)
■トヨタプログレ(一代限り・'99年デビュー)

'90年代、バブル崩壊後にセダンの凋落が始まったが、走りにこだわったプリメーラ、コンペティションカーのランエボはクルマ好きに元気を与えた。初代プリウスは今ほど注目されなかった。プログレは返す返すももったいない……

 日産がハンドリングで'90年代までに技術で世界一を目指すということをポリシーに始められた〝901運動〟により生まれたFFセダンが初代プリメーラ。ドイツ車を強く意識したハンドリング、乗り味は当時絶賛されただけでなく販売面でも成功を収めた。2代目もキープコンセプトで臨んだがあえなく撃沈……。初代プリメーラは日産、いや日本のセダン史に大きく名を刻むモデルだ。

 三菱が'92年にデビューさせたランサーエボリューションは、WRCで勝つために作られたコンペティションセダンというジャンルを日本で確立。インプレッサとの開発合戦は世界を唖然とさせるほど熾烈を極め、短期間で超絶な進化を遂げ現在のエボⅩに至る。

 トヨタプリウスはいわずもがな、世界初の量産ハイブリッドカーだ。初代プリウスは販売面では成功しなかったが、2代目で一般に認知され、3代目の現行で爆発的ヒットモデルとなり、世界のクルマ界に多大な影響を与えた超エポックメイキングなクルマ。

 20世紀最後のエポックメイキングなセダンとして取り上げたいのがトヨタプログレ。トヨタは'90年代後半に、〝セダンイノベーション〟を謳い、あの手この手でセダン復権を目指したのだが、そのひとつが〝小さな高級車〟というコンセプトのプログレだった。

 このコンセプトは今考えてもすばらしい着目点だったが、このクルマの最大の失敗は、エクステリアデザインが個性的すぎて一般受けしなかったことにある。それから、初志貫徹とはいかず、コストダウンにより中途半端になってしまった。チャレンジングな姿勢は評価するが、やり方を間違えたということか。このコンセプトは今の時代に復活させてもらいたい。

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