『スリープ・ノー・モア』マクベス夫人役で開花したトーリ・スパークスの"journey"
『スリープ・ノー・モア』でダンカン王を殺害したマクベスについた血を洗い流すマクベス夫人。  Photograph by Yaniv Schulman

 チェルシーでの公演が3年目のロングランに入った『スリープ・ノー・モア(Sleep No More)』。ブルックリンでの公演が9月まで延長された『ゼン・シー・フェル(Then She Fell)』。本コラムは既にこの2つの作品を取り上げた。

 両者はともに、通常の劇場ではない場所で、座席に座って鑑賞するのではなく観客自らがパフォーマンスに没頭し、さらに観客ごとにシーンを体験する順番が異なる、という特色を持つ。これは「イマーシブ・シアター」という演劇のあり方である。「イマーシブ」は「没頭」を意味する「イマージョン」の形容詞形である。私はイマーシブ・シアターに大いにはまり、通常の劇場での観劇を物足りなく思うほどになっている。

 中でも見事なのが、『スリープ・ノー・モア』でマクベス夫人を演じてきたトーリ・スパークスである。マクベスを王殺しに駆り立てる激しい格闘。ボールルームのダンスで見せる気品ある貴婦人ぶり。マクベスが王殺しを実行した後に見せる狂気の舞。いずれをとってもこれほど見事な演技を私は見たことがない。彼女はまた『ゼン・シー・フェル』の振り付けにも関わっている。

 イマーシブ・シアターの女王であるスパークスに様々な角度から話を聞いた。

あまりにも怖く、あまりにも美しいマクベス夫人

 『スリープ・ノー・モア』はマッキトリックホテルで上演されている。100に及ぶ部屋を20人のパフォーマーが縦横に移動しながら、シェイクスピアの『マクベス』とヒッチコック監督が映画化した『レベッカ』のストーリーをほとんど台詞なしで演じていく。

 観客は白い仮面をつけてパフォーマーを追いかける。観客とパフォーマーとの間に物理的な距離はない。様々なシーンがばらばらに配置されており、追いかけていくパフォーマーが異なると違ったストーリーに見える。1時間1ローテーションで、3時間に及ぶ公演である。

 はじめて『スリープ・ノー・モア』を体験した時、私はマクベス夫人に目がくぎづけになった(『スリープ・ノー・モア』のファンは普通「マクベス夫人」とは言わず「Lady M」と呼ぶのだが、本稿では「マクベス夫人」と表記する)。

 ベッド、浴槽、たんすと、部屋中を軽々と飛び移りながら、1つステップを間違えればこけた姿を観客にさらすことになる危険なダンスを緩急自在に踊っていく。逡巡するマクベスに全力でぶつかっていき、ダンカン王を殺害させようとたきつけていく悪女ぶり。王を殺して血まみれで戻ってきたマクベスの血を洗い流す浴槽のシーン。良心の呵責から理性を失っていく狂気の舞。あまりにも怖く、あまりにも美しい。

『スリープ・ノー・モア』 マクベス夫人役  Photograph by Sarah Wilmer

 ショーが終わって部屋に戻っても、一向に寝付けない。やっと眠気がさしたと思ったらマクベス夫人が夢に現れた。赤ワインを勧めるので口にするとそれは毒入りで、苦しんでいるところにマクベス夫人から邪悪な笑みをあびせられる夢だった。

 だが、通いつめるにつれ、私はマクベス夫人の人間味にも次第に目がいくようになった。権力欲にとりつかれてマクベスをけしかけているが、マクベス夫人はマクベスを道具として利用しているだけではない。彼女はマクベスを愛している。

 そう気がついてみると、スパークスが演じるマクベス夫人のマクベスへの愛情表現は大変きめ細やかである。ボールルームのダンスで見せる表情も優しい。そしてまた、罪の意識があるからこそ、理性を失ってもいく。強い女性の弱い部分が垣間見えると、思わずいとおしさを覚えてしまう。徐々に私はマクベス夫人に感情移入して『スリープ・ノー・モア』を見るようになっていった。

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