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佐藤健太郎「歴史を変えた医薬品」第1回 病気と世界史
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医薬と人類

 医薬品というものは、どうにも不思議な代物だ。老若男女を問わず、薬のお世話になったことのない人間はまずいないだろう。しかしこれほど身近な存在でありながら、薬について詳しいことはほとんど何も知られていないに等しい。口から飲み込んだ小さな錠剤が、どのようにして患部に届いて痛みや炎症を鎮めるのか、簡単にでも説明できる人は相当に少ないだろう。

 ちょっとした頭痛や腹痛から、命に関わるような重篤な病気の際まで、薬は我々の健康をサポートしてくれる頼もしい存在だ。糖尿病やエイズ、臓器移植をした患者など、薬なしでは命さえつなげない人も世にはたくさんいる。そこまででなくとも、常備薬なしでは出歩けないという人は多いだろう。筆者も頭痛持ちであるから、わずか数十分であのつらい痛みを消してくれる鎮痛剤の存在は、何よりも有難いと感じる。

 それでいながら、薬のイメージは一般に悪いようだ。「薬害」「薬漬け」などなど、薬にまつわるネガティブな表現には事欠かない。毒薬・麻薬などの持つ負のイメージも、そこには重なっているのだろう。筆者も製薬企業に研究員として身を置いていた期間、世間の医薬品に対するイメージの悪さを痛感し続けた。小説や映画などでも、巨大製薬企業はたいてい悪役扱いだ。

 医薬品ほど身近でありながら正体不明で、頼られつつも憎まれている存在は、他にはなかなかないのではないだろうか。

 これは、医薬品が人の生命システムの最も奥深くにタッチする力を本質的に持つ、類まれな製品であるからだろう。作用と副作用は表裏の関係、毒と薬は紙一重といった言葉は、医薬の持つ特殊性をよく表している。医薬が嫌われるのは、その持っている力がいかに大きいかの裏返しともいえそうだ。

 人々の命を守り、時に害する医薬は、人類の営みや歴史の流れにさえも大きく関与してきた。医薬の科学はなおも発展の途上にあり、今後さらに大きく社会を変えてゆく可能性を秘めている――というより、確実に変えてゆくことだろう。とすれば、医薬と人類の関わりを、歴史の流れに沿って眺めておくのは、意義のある試みであるに違いない。

 まあそこまで肩肘張って考えずとも、単純に医薬品という切り口から歴史を眺めるのは、意外な発見が多く、なかなか面白いものでもある。まじないに近いものから、ビタミン、覚せい剤、そして現代科学の粋を集めた最新の抗がん剤まで、医薬は歴史の流れのそこここに顔を出し、大きな影響を与えているのだ。

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