格闘技
二宮清純「戦後の英雄・力道山はなぜ死んだのか!?」

 さる11日、小橋建太選手の引退試合を取材するため東京・日本武道館に足を運んだところ、力道山夫人の田中敬子さんにばったりお会いしました。その場で今年、デビュー予定の孫の力さんを紹介して頂きました。

 敬子さんには『夫・力道山の慟哭』(双葉社)という著書があります。以前、日経新聞でも紹介致しましたが、戦後の裏面史とまでは言わないまでも、戦後最大のヒーロー力道山を知る上では貴重な一冊です。

 周知のように力道山が東京・赤坂のナイトクラブで村田勝志という暴力団員に腹部を刺されたのは1963年12月8日のことです。1週間後の15日、その傷が原因で力道山は絶命しました。享年39でした。

 蛇足ですが、この4月に加害者も他界しました。<関係者によると、死因は病死とみられ、東京都内の病院で9日ごろに死亡したという>(毎日新聞4月13日付)。この小さな記事で私はそのことを知りました。今年は没後50年にあたる年だけに、力道山のご遺族の気持ちも複雑だったはずです。

死因は医療ミス!?

 今に至るも謎なのは、赤坂の山王病院で手術を受けた力道山を病院側は「全治2週間」と発表したことです。敬子さんの著書には診断書も掲載されています。「処置」は「小腸の創縫合」で「予後」は「今後約一カ月余の静養を要する見込」と記されています。

 しかし力道山は手術から7日後に帰らぬ人となってしまいます。いったい、この7日間で何かあったのでしょう。