磯山友幸「経済ニュースの裏側」

津波で全壊した宮城・閖上名物「ゆりあげ港朝市」が復活! 新たな挑戦を始めた朝市組合員の心意気とは

2013年05月15日(水) 磯山 友幸
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ゆりあげ港朝市 (以下すべて筆者撮影)

 東日本大震災の津波によって壊滅的な被害を受けた宮城県名取市閖上(ゆりあげ)。震災から2年2ヵ月が過ぎて、瓦礫の撤去は終わったものの、今も建物はまったく立っていない。そんな地域の一角、港に面した広場に、大型連休の最中、大勢の人が押し寄せた。閖上の名物だった「ゆりあげ港朝市」が元の場所で復活したのだ。初日の5月4日には1万5000人、5日には1万人、6日には7000人集まった。

 ゆりあげ港朝市は30年ほど前から続く。日曜・祝日の朝6時から10時ごろまで。震災前は5000人から8000人が毎週訪れていた。「さんま祭り」などのイベント開催時には1万人以上が集まる人気スポットだった。仙台市など周辺地域から車を飛ばしてやってくる常連客のほか、朝市を目当てにやってくる観光客、レジャー客も多かった。閖上には8000人が住んでおり、自転車で買い物に来る客もたくさんいた。町のシンボルになっていたのだ。

 そんな閖上は津波によって一変する。10メートル近い津波が押し寄せ建物は壊滅。800人の犠牲者が出た。ゆりあげ港朝市もあの日を境に広場から消え去っていた。それが2年ぶりに復活したのである。

「戻ってくるしかないという現実もあるんです」

 復活早々、これだけの人が集まったのには訳がある。実は別の場所で震災直後から「ゆりあげ港朝市」が続いていたからだ。大手スーパーのイオンが名取市にある「イオンモール名取」の駐車場を提供。閖上での復活まで伝統の灯を保つことができたのだ。

 イオンモールでの朝市復活は震災からわずか2週間後の2011年3月27日。震災後の大混乱が続く中で、周辺住民の生活物資は極端に不足していた。ゆりあげ港朝市協同組合の櫻井広行理事長が、必死になってモノ集めに駆け回り、かなりの商品を集めたが、それでもわずか1時間で売り切れた。

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