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「人間対コンピュータ将棋」頂上決戦の真実【後編】
一手も悪手を指さなかった三浦八段は、なぜ敗れたのか

文/山岸浩史

 コンピュータには大局観はありませんが、どの局面なら攻めが成立するのかを、ひとつひとつ深く読んでいる。だから正しいのですね。

 あのとき、GPSの攻め駒は少なかった。われわれ棋士の間では「攻め駒は4枚」というのが常識ですが、攻め駒が少ないときは状況に応じて攻め方を工夫しています。

 GPSは、それと同じことをやってきた。われわれと同じように、実に繊細な判断をして、バランスを取りながら攻めてきていたんです。戦っていてそのことがわかったときは、非常に驚きました。

 棋士たちからは、「あそこではこう指したほうがよかったのでは?」という意見がいろいろと出ました。でも、これだけは間違いないことですが、いちばん読んでいるのは対局者です。そして、この将棋について私には、こう指せばよかったと悔やんでいる手はまったくないんです。

 棋士たちのさまざまな意見に対して、「その場合はこう指されるのが嫌だった」と説明すると、みんな納得して、それ以上の反論はしてきませんでした。つまり私は、悪手を指して負けたわけではないのです。

 GPSも、一手の悪手も指していません。私はそう思っています。

 ほかの棋士たちからも「仕掛けはどうだったか」という意見はありましたが、そのあとのGPSの指し手を変だという人は1人もいませんでした。プロとしてのプライドはあっても、強いものは強い、正しいものは正しいと認めるべきだと私は思います。

 それにしても、強いだろうとは予想していましたが、まさかこれほど強いとは思っていませんでした。戦う前に私は、この勝負には未知数の不安要素が4つあると見ていました。

 1つめは、対局の前にもお話ししたように有望な若手が18連敗したGPSの強さとは、基本的にどれほどのものなのかということ。しかも、それは1年前のバージョンです。

 2つめは、GPSがその後、どれだけ進歩しているのかということ。最新バージョンも提供されていて、強くなったとは思いましたが、どれほどの進歩かは把握しきれていませんでした。

 3つめは、670台をつなげることでどれだけ強くなるのかということ。

 そして4つめは、この勝負への開発陣の意気込みがどれほどのものかということでした。

 もし、これらの要素がすべて自分にとって最悪の予想どおりになったときは、私の勝算は5%だろうと思っていました。でもまさか、それはないだろうと。

 逆に、もしすべてが杞憂であれば、50%はあると思いました。自分の勝算は、そのくらいの幅だと考えていました。

 そしていま、冷静になって振り返ってみると、4つの不安はすべて当たっていました。つまり、私の勝算は5%しかなかったんです。

 でも、もしかしたら最悪の予想すら超えていた可能性もあります。何しろ悪手を指していないので、底が見えないんです。

 あれでさえ、どのくらいの力を出しているのか。まだどのくらいの力があるのか。想像がつかないというのが正直なところです〉

 これが、三浦が語ってくれた対GPS戦の総括だった。