『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』
~第1章「世界を変えるビッグデータ」より一部抜粋~

『ビッグデータの正体』
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 普通なら、このように損得で裏切られた気分を味わっても、目の前に食事が運ばれて、さあ食べようという段になれば、どうでもよくなってしまうものだ。ところが彼は違った。男の名はオレン・エツィオーニ。米国屈指のコンピュータサイエンス研究者だ。ワシントン大学の人工知能研究プログラムのディレクターのかたわら、まだ「ビッグデータ」という言葉が世に出る前からビッグデータ関連会社をいくつも起こしてきた人物である。

 1994年には、ウェブ上で最古参とも言える検索エンジン「メタクローラー」の開発に協力している。さらにエツィオーニは、業界に先駆けて大規模な商品比較サイトを開設したネットボットに共同創業者として名を連ね、後にエキサイトに売却した。続いて立ち上げたベンチャー企業がクリアフォレストだ。テキスト文書から意味を抽出する技術を開発した会社で、後にロイターが買収している。

 エツィオーニの目には、世界全体がコンピュータサイエンス上の1つの大きな問題と映っていて、自分の手で解決する自信があった。実際、コンピュータサイエンス専攻の第一期生として1986年にハーバード大学を卒業して以来、数々の問題を解決してきた。

 空の旅を終えたエツィオーニは、オンラインで販売されている航空券の価格が好条件かどうか判断する方法を模索し始めた。航空機の座席は日用品と同じで、同じフライトであれば基本的に座席間に大きな差はない。にもかかわらず、さまざまな条件が絡み合って価格は激しく乱高下する。その条件を完全に把握しているのは当の航空会社だけである。

 やがてエツィオーニは1つの結論にたどり着く。価格差の原因となる諸条件を解明する必要などないのだ。要は、画面に表示されている価格が将来、上がるか下がるかを予測できればいいのである。簡単とは言わないが、不可能ではない。特定路線についてすべての航空券の販売状況を分析し、出発までの残り日数と価格の相関関係を調べればいいのだ。

 航空券の平均価格が下降局面にあれば、もう少し待ってから購入すべきだし、平均価格が上昇基調なら、少しでも下がった瞬間に購入するのが賢い買い方だ。エツィオーニはフライト中に周囲の客に購入額を聞きまくったが、あの調査の"超拡大版"を実施すればいいのだ。コンピュータサイエンスの中では、とてつもない難題であることは確かだったが、エツィオーニ本人は解決する自信満々で、すぐに作業に乗り出すことにした。

ゴミ同然のデータが突然「宝の山」に

 まず旅行ウェブサイトからかき集めた情報を基に、41日間をかけて1万2000件の価格動向観察サンプルを使ってシミュレーションを実行。乗客が大幅に節約できる予測モデルを開発した。このシステムでは「買い時」がわかっても、「買い時の理由」はわからない。つまり、航空会社の運賃決定にどのような変数(余っている座席数、季節的な要因、「土曜宿泊」のような運賃を押し下げる要素の有無)が関わるのかは、依然としてわからない。他のフライトのデータを使って、確率予測をしているだけだからだ。

 「買うべきか、買わざるべきか、それが問題だ」とエツィオーニは噛みしめるように言う。その思いをぶつけるように、この研究プロジェクトには「ハムレット」と命名した。

 そんな小さなプロジェクトも、やがてベンチャーキャピタルの支援を受けて、フェアキャストというベンチャー企業へと発展する。航空券価格は上がるのか下がるのか、その増減幅はどのくらいかを予測してくれるから、消費者にとっては「購入」ボタンを押すタイミングが決めやすくなる。これまで絶対に手の届かなかった情報が手に入るようになり、消費者が強くなったのである。フェアキャストは、自社についてもガラス張りにする方針を掲げ、予測に関する自信のほどまで数値化してユーザーに公開した。

新生・ブルーバックス誕生!