サッカー
二宮寿朗「J20周年、魅せる伝統は受け継がれる」

 忘れもしない1993年5月15日。当時、大学3年生だった筆者は、友人宅に集まってテレビの前にクギ付けになっていた。待ちに待った日本初のプロサッカーリーグ、Jリーグの開幕戦ヴェルディ川崎―横浜マリノスである。

 読売クラブ、日産自動車サッカー部を母体とする当時の2強の激突に、抽選のプラチナチケットを求めて全国から80万通の応募があったという。国立競技場をのみこんだ6万人の大観衆はチアホーンを鳴らし(その後、近隣への騒音となるために禁止に)、それぞれのチームの旗を振り続けていた。会場で見ることのできない悔しさがこみ上げたが、すぐに試合にのめりこんだ記憶がある。

 記念すべきJ第1号となったヘニー・マイヤーの豪快なミドルシュート、そのマイヤーに出したペレイラのパスにも興奮した。そして、マリノスの決勝点のシーンは今でも頭のなかでコマ送りできる。

 井原正巳のフィードを木村和司が頭で落とし、そこに水沼貴史が走りこんできてシュート。こぼれたボールをラモン・ディアスが押し込んだ。友人宅の小っちゃなオンボロのテレビに映し出されたラモス瑠偉がみせた悔しそうな何とも言えない表情が印象的だった。