『植物はそこまで知っている』 植物は考えない人間である

レビュアー:村上 浩

人間は考える葦(ヨシ)である

 フランスの哲学者・自然科学者パスカルの有名な言葉である。人間が「考える」葦(ヨシ)であるということは、葦(ヨシ)は「考えない」ということなのだろう。確かに、脳を持たない植物である葦(ヨシ)が、人間のような思考を持たないことは疑いの余地がない。

 それでは、考えを持たない植物は、世界をどのように見て、感じているのだろうか。そもそも植物に視覚や嗅覚などの、ヒトの五感のような感覚は存在するのだろうか。本書では、植物がどの様に感覚を検知し、処理しているのかがヒトの感覚と対比されながら語られる。徹底的な観察とひらめきだけが頼りだったダーウィンの時代から、遺伝子分析や宇宙実験までを用いた現代までの植物研究を概観していくことで、著者ダニエル・チャモヴィッツは植物にとって感覚がどのような意味を持つのかを明らかにしていく。

 遺伝学で博士号を取得したチャモヴィッツは、イェール大学でのポスドク中のある発見をきっかけに、「植物とヒトの生物としての類似性」を研究テーマに選んだ。その発見とは、植物が光の有無を判断するために必要となる遺伝子群の発見である。遺伝子群の発見そのものよりもチャモヴィッツを驚かせたのは、それと同じ遺伝子群がヒトのDNAの一部を構成しているという事実であった。そのとき、彼はこう思ったという。

植物と動物の遺伝子は、それほど違わないのではないか

 植物が「見る」、「匂いを嗅ぐ」というのはあくまで比喩であり、植物の過度な擬人化には注意が必要だ。「クラシックを聴かせると、フルーツがより甘くなった」という類の話はときにメディアで大きな話題になるが、科学的根拠がない場合が多い(音楽と植物の関係は、本書の第四章でも詳しく説明されている)。そのため、著者はプロローグで、「もしあなたが、植物も人間も同じだという主張を探しているのなら、どうかほかをあたってほしい。」と注意を促し、本書があくまで学術研究の成果をもとにした本であることを強調している。

 本書では多数の先行研究が参照されているが、著者は縦横無尽に広がるトピックを簡潔に凝縮することに成功している。原注や訳者あとがきを除けば、そのボリュームは167ページしかない。価格も1,680円に抑えられているので、翻訳もののサイエンスノンフィクションを敬遠していた人も手に取り易いはずだ。

 本書が最初に取り上げるテーマは、「視覚」である。植物は何を見ているかと問われると、返答に窮するかもしれない。そもそも、そのように考えたことなどないのではないか。しかし、植物が日当たりの良い方向へ、その身を曲げていくこと(この性質を屈光性という)は、誰もが知っている。やはり、植物も光を「見て」、それに反応しているのだ。