『習慣の力 The Power of Habit』
著者:チャールズ・デュヒッグ 翻訳:渡会 圭子
第2章 習慣を生み出す「力」 57~74ページより抜粋

第2章 習慣を生み出す「力」
――ファブリーズが突然大ヒットした理由

 1900年代はじめのある日、アメリカのクロード・C・ホプキンスという有名な実業家のもとに、旧友が新しいビジネスのアイデアを持ち込んできた。彼はヒット間違いなしのすばらしい製品を発見したという。泡立ちのよいミント味の練り歯磨きで、商品名は「ペプソデント」。投資家には若干怪しい連中も混じっているが(一人は複数の土地契約で失敗し、別の一人は犯罪グループとのつながりが噂されている)、間違いなく大当たりするという。ただし、ホプキンスが全国的な広告キャンペーンを打つのを手伝ってくれれば――である。

 当時のホプキンスは、数十年前にはほとんど存在しなかった、急成長中のビジネスの頂点に立っていた。それは広告だ。すべての同業他社がまったく同じ消毒法を用いていることは無視して、「シュリッツ社はビール瓶を生蒸気で消毒している」と宣伝し、アメリカ人にシュリッツ・ビールを買わせたのは彼だ。また、「クレオパトラはパルモリーブ石鹸を使っていた」と広告して、何百万人もの女性の心をつかむと同時に、憤慨した歴史家たちの激しい抗議を受けた。クエーカー社のパフ・フィート(シリアルの一種)は、穀物を「大砲で撃って」

「ふつうの大きさの8倍にふくらませた」というCMコピーで有名にした。他にも、それまで無名だった数々の商品(シリアルのクエーカーオーツ、グッドイヤー・タイヤ、ビッセル・カーペットクリーナー、ヴァンキャンプのポーク&ビーンズなど)を、誰もが知るブランドに仕立て上げてきた。もちろん彼自身も裕福になり、ベストセラーとなった自伝『広告でいちばん大切なこと』(臼井茂之・小片啓輔監修、伊東奈美子訳、翔泳社刊)の中では、大金を使うことの難しさにかなりのページ数を割いている。

『習慣の力 The Power of Habit』
著者:チャールズ・デュヒッグ
翻訳:渡会 圭子
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 だが、クロード・ホプキンスを何より有名にしたのは、「どうすれば消費者のあいだに新しい習慣を生み出せるのか」を考案した一連のルールだ。そのルールは産業を文字どおり変革し、のちにマーケティング担当者、教育改革者、公衆衛生の専門家、政治家、経営者のあいだで一般通念となった。現在でも、掃除用品をいかに購入するかということから、政府が疾病を根絶するための手段にいたるまで、ホプキンスのルールはありとあらゆるものに影響を与えている。新しい習慣を生み出すうえでの基礎となっているのだ。

 しかし、そのホプキンスも旧友からペプソデントを持ち込まれたときには、あまり興味を示さなかった。アメリカ人の歯の健康状態が急速に悪化していることは周知の事実だった。国が豊かになるにつれて、人々は甘い加工食品を大量に購入するようになっていた。第一次世界大戦の徴兵が始まったとき、あまりに多くの新兵に虫歯があったため、口腔衛生に対する意識の低さは国家の安全を脅かす問題だという政府見解が出されたほどだ。

 それでもこの時代に、練り歯磨きを発売するのは金銭的な自殺行為だった。怪しげな練り歯磨きや歯磨き液を販売する訪問販売員はすでに大勢いたが、その大半が破産しかけていた。