『習慣の力 The Power of Habit』
著者:チャールズ・デュヒッグ 翻訳:渡会 圭子
第1章 「習慣」のメカニズム 22~38ページより抜粋

第1章 「習慣」のメカニズム
――行動の4割を決めている仕組みの秘密

 1993年秋、一人の男性がサンディエゴの研究所にやってきた。習慣についての当時の私たちの理解を、根底からくつがえすことになる人物だ。

 彼は年配だが身長は180センチを超え、ぱりっとした青いボタンダウンのシャツを着ていた。白い髪はふさふさとしていて、50年目の同窓会にはきっと同級生の羨望のまなざしを浴びただろう。関節炎のせいで少し足を引きずりながら、妻と手をつないでゆっくりと研究所の廊下を歩いていた。一歩を踏み出すごとに何が起こるかわからなくて不安を感じているような歩き方だ。

 このおよそ1年前、ユージン・ポーリー(医学論文の中では〝E・P〟として知られるようになった)がロサンゼルスの家で夕食の準備をしているとき、妻が息子のマイケルのことを話し始めた。

「マイケルって誰だい?」ユージンは尋ねた。

「あなたの息子よ。私たちが育てた子じゃない」妻のベバリーが答える。

 ユージンは妻をぼんやりと見つめてまた尋ねた。「それは誰だ?」

 翌日、ユージンは嘔吐を始め、胃痙攣で七転八倒した。24時間たたないうちに脱水症状に陥り、あわてたベバリーが救急車を呼ぶ。体温が40度に達し、病院のベッドのシーツが汗で黄色くなった。うなされて暴れ、腕に点滴針を刺そうとした看護師を押しのけて叫んだ。鎮静剤を与えてようやく、背中がくぼんだところにある2本の腰椎のあいだに長い針を刺して脳脊髄液を数滴採取できた。

 その処置をした医師はすぐに問題があるのを感じ取った。脳や脊髄神経のまわりにある液体は感染や損傷を防ぐための防壁だ。健康な人の場合、この液は透明ですばやく流れているので、針から絹糸のように出てくる。だが、ユージンから採取したサンプルは濁っていて、見えるか見えないかの滴になってゆっくり落ちてくるという状態だった。

『習慣の力 The Power of Habit』
著者:チャールズ・デュヒッグ
翻訳:渡会 圭子
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 検査結果が出ると、医師はすぐに診断をくだした。彼はウィルス性脳炎に冒されていたのだ。ウィルス自体はありふれたもので、単純ヘルペス、皮膚に軽い感染症が起きるといった症状がある。しかしまれにウィルスが脳まで達して、思考、夢などに関わる部位(精神にまで関わってくるという研究者もいる)に大きなダメージを与える。

 ユージンの担当医はベバリーに、すでに起きている損傷については、なすすべがないと告げた。しかし抗ウィルス薬を大量に投与すれば、ダメージが広がるのを防げるかもしれない。ユージンは昏睡状態に陥り、10日間生死の境をさまよった。やがて薬の効果か、少しずつ熱は引き、ウィルスは消えた。ようやく目をさましたとき、彼は弱り、混乱していて、飲み物や食べ物をきちんと飲み込むこともできなかった。文を組み立てて話すことができず、ときどき呼吸のしかたを忘れてしまったように苦しそうにあえいだ。それでも彼は生きていた。