佐藤優インテリジェンス・レポート
『ボストン爆弾テロ事件におけるチェチェンファクター』ほか

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol012より
【はじめに】
ボストン爆弾テロ事件は、米国のテロ対策に大きな影響を与えます。民族、宗教など人間の複合アイデンティティを理解しないと、この事件がなぜ発生したかがわかりません。沖縄に関しても、沖縄人の持つ複合アイデンティティの変容が今後の事態の進捗に決定的に重要な影響を与えます。
経済に関しては、もう一度、新古典派総合に立ち返る必要があると感じ、サムエルソン/ノードハウス『経済学 第19版』(2010年)を取り寄せ、読んでいます。邦訳(岩波書店)は第13版(1993年)が最後ですが、内容がだいぶ変わっています。

【目次】
―第1部― インテリジェンス・レポート
■分析メモ(No.27)「ボストン爆弾テロ事件におけるチェチェンファクター」
■分析メモ(No.28)「安倍晋三首相訪露の注目点」
―第2部― 読書ノート
読書ノート No.30~No.32
―第3部― 質疑応答
―第4部― 文化放送「くにまるジャパン」発言録 
―第5部― 佐藤優さんの今後の予定(6月上旬まで)

分析メモ(No.27)「ボストン爆弾テロ事件におけるチェチェンファクター」

【重要ポイント】
チェチェン人の複合アイデンティティが今回の事件を読み解く鍵である。

【事実関係】
4月15日午後(日本時間16日未明)、米国マサチューセッツ州ボストンで、爆弾テロ事件が発生し、3人が死亡、170人以上が負傷した。ボストン・マラソンのゴール付近で圧力鍋で作った手製爆弾が爆発した。監視カメラによって、チェチェン系米国人の兄弟が容疑者に特定された。19日未明に容疑者2人と警官隊の間で銃撃戦が起き、兄のタメルラン・ツァルナエフ(26)が死亡し、同日夕(日本時間20日朝)、弟のジョハル・ツァルナエフ(19)が拘束された。

〔PHOTO〕gettyimages

【コメント】
1.
この事件については、情報が断片的で、しかも錯綜している。しかも、容疑者がチェチェン人であるという要素が重要になるので、本件を読み解くためには民族学的知見が不可欠だ。

3.―(1)
チェチェン人は、外国に居住していても、民族意識を失わない。日本語、英語、ドイツ語、ロシア語、アラビア語、中国語などの言語では、文法や語彙は大きく異なるが、いずれも主格(~は)と目的格(~を)を持つ。これに対して、世界にはごく少数であるが、主格と目的格を持たない言語がある。スペインのバスク語や、コーカサスのグルジア語、チェチェン語、アディゲイ語などである。これらの言語では、1つの動詞が数万の変化型を持つこともある。言語と人間の思考は密接に関連している。チェチェン語、バスク語などを用いる人々の論理や思考様式に言語学者や人類学者は強い関心を持っている。

3.―(2)
さらにチェチェン人の男子は、物心がつくと、父方の7代前までの祖先の名前、出生地と死亡地を暗記させられる。そして、7代前までの祖先が、誰かに殺害された場合、その子孫には「血の報復の掟」が適用される。江戸時代の「仇討ち」が、現在まで続いているのである。

3.―(3)
19世紀半ばに北コーカサス地域はロシアの支配下に入った。しかし、異教徒(キリスト教徒)であるロシア人の支配を潔しとせずに、オスマン帝国に亡命したチェチェン人がいる。また、1943年にスターリンによってチェチェン人は対敵協力民族に指定され、中央アジアに強制移住させられた。1956年のスターリン批判によって帰還が認められたが、中央アジアにとどまったチェチェン人もいる。ロシアを含む旧ソ連の版図に住むチェチェン人は約100万人である。これに対して、正確な統計はないが、トルコには約150万人、アラブ諸国には約100万人のチェチェン人が住んでいる。

「血の報復の掟」があり、7代前までの祖先を覚えているために、ロシア、中央アジア、中東、西欧、米国などに分かれて住むチェチェン人は、濃淡の差はあってもチェチェン人としてのアイデンティティを保持している。

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