『ふたつの震災』その後 【最終回】
阪神・淡路の地から伝えたいこと

取材・文/松本創

【第4回】はこちらをご覧ください。

 ガタガタガタ・・・と家を鳴らす強く長い震動に、明け方の深い眠りは破られ、同時に、身体のどこか奥深くにしまい込まれていた「あの感覚」が呼び覚まされた。

 18年前に聞いた地の底からわき上がるような低い轟音、そして、ドーンと突き上げるような縦揺れの一撃こそなかったが、あの時とほぼ同じ時間、同じ状況。1995年1月17日午前5時46分の激震を知る者は、誰もが否応なく、そこから始まった阪神・淡路大震災の記憶をよみがえらせたはずだ。

 4月13日午前5時33分に発生した兵庫県の淡路島を震源とするマグニチュード6.3の地震は、最大震度6弱を記録。洲本市や淡路市で建物の半壊・一部損壊が集中したのをはじめ、兵庫県内を中心に近畿・四国各地に被害をもたらした。負傷者は5府県で33人、建物被害は4府県で3458棟(20日現在)。阪神・淡路以降、近畿では最大規模の地震となった。

 原因は、阪神・淡路を引き起こした野島断層の南端付近の、これまで確認されていなかった活断層とみられ、18年前の余震の可能性が高いという。表面的には終息し、復興の過程もほぼ終えたあの震災は、地震活動という意味ではまだ続いているのかもしれない。

 "余震"は心のうちでも起こる。私たち阪神・淡路の被災地に暮らす者は、国内・海外を問わず大規模な地震の報に接するたび、自分たちの震災体験とそれ以後に歩んできた道程を、それぞれの立場で想起し、さまざまな思いをめぐらす。私と西岡研介が、2011年3月11日の東日本大震災の1ヵ月後に東北へ向かったのも、そうした"余震"に突き動かされたからだと言っていい。

 もちろん、取材者である私たちの事情など、東北の被災地やそこで暮らす人びとには何の関係もない。この2年あまり被災地を歩いてきた中で、ふたつの震災がまったく別物であることを私たちは思い知らされてきた。

 建物倒壊と大規模火災の阪神・淡路に対し、東日本は大津波と原発事故である。神戸・阪神間を局地的に襲った都市型災害と、東北から北関東まで500kmにわたり、沿岸部に連なる小さな町を破壊した過疎地の災害という違いもある。土地の歴史や性格も違えば、地域社会や産業の構造も異なる。時代状況や経済情勢も大きく変わっている。

 しかし、その違いを理解した上でなお、私たちは、阪神・淡路の地から東日本の被災地へ伝えるべき「教訓」があると考える。そして実際、神戸から三陸へ足繁く通い、自らの経験を踏まえて復興を支援する人たちが数多くいることを知っている。

阪神・淡路の「復興景気」は2、3年で剥がれ落ちた

 阪神・淡路大震災と東日本大震災。ふたつの震災の被害規模と復興状況を地域経済の観点から比べたデータ集が手元にある。作成者は日本政策投資銀行(政投銀)関西支店の前企画調査課長、齊藤成人さん(現在は企業金融第4部に在籍)。

 私と西岡が昨年、東日本大震災についての講演を大阪で行うことになった際、ふたつの被災地を客観的に比較する方法はないかと彼に相談したところ、さまざまな経済指標や政府資料を読み解き、分析したデータを提供してくれた。

 全国各地を歩き、まちづくりや産業活性化の取り組みを調査・分析してきた地域経済の専門家である一方、私が長年編集に携わっている兵庫県尼崎市のフリーペーパー『南部再生』を発行する尼崎南部再生研究室の研究員という肩書も持っている(ボランティアである)。

 連載の最後となる今回は、その齊藤さんがまとめたデータの一部を紹介しながら、ふたつの震災から見えてくる「教訓」を探ってみたい。

 まず、表1で被害規模と復興事業費を見比べてみよう。GRP(域内総生産)ベースで見ると、阪神・淡路大震災における兵庫県の被害総額は9.6兆円。これに対して10年間で16.3兆円の復興事業費がつぎ込まれた。被害総額の1.7倍である。

表1)

 一方、東日本大震災で岩手・宮城・福島3県の被害総額は16.4兆円。対して、2020年度までの10年間に23兆円(原発事故関連の損害賠償などは除く)、被害総額の1.4倍の復興事業費が見込まれている。

 このうち19兆円が15年度までの集中復興期間に投入され、その内訳は、瓦礫処理・インフラ復旧に6兆円、災害救助・生活再建に4兆円、地域づくりなどのインフラ投資・ソフト事業に8兆円・・・などとなっている。

 東日本の被害状況をさらに詳しく、生活・社会インフラ、住宅、製造業施設といった資本ストックをベースに被害額を示した表2では、岩手4.2兆円、宮城6.4兆円、福島3.1兆円となっている。

 被害率で言えば、岩手の沿岸部が47.3%で最も大きかった。復興事業では、これらをどう復旧・再生させ、被災地の生活や仕事、それを支える地域経済活動を創り出していくかが課題になるが、齊藤さんは阪神・淡路の復興過程を踏まえて、こう指摘する。

グラフ1)
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 「被害額を上回るお金をつぎ込むわけですから、当然、一時的に地域の景気は良くなります。阪神・淡路大震災でも、いわゆる復興需要というものはありました。建物やライフライン、道路や鉄道・港湾などのインフラ復旧に加え、箱もの施設も多く造られ、震災直後はほとんどすべての経済指標が上向きました。

 しかし問題は、それがほんとうに地域を再生させることになったのか、ということです。一時的に経済が活性化しても、被災した地域にお金を落とし、中長期にわたって持続的に成長していける仕組みを作らなければ、復興にはなり得ないのではないでしょうか」

グラフ2)
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 それを表すのが、阪神・淡路前後の兵庫県のGRP成長率を示したグラフ1である。95年に政府支出と民間投資が増大し、6.3%と高い伸びを示したが、翌96年には2.5%にとどまり、3年目の97年になるとマイナス2.6%、98年にはさらにマイナス4.2%に落ち込んでいる。

 全国(GDP)と比較したグラフ2を見ても、成長率が全国平均を上回ったのは97年まで。それから後は全国を下回り、震災から5年を過ぎた2000年以降、その差は拡大していった。「復興景気」は2、3年で剥がれ落ちたということが、このグラフからはっきりとわかる。

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