読書人の雑誌『本』
『西郷隆盛と明治維新』著:坂野潤治
西郷隆盛に辿りついて

 四二年前に、戦前日本に議会制が発足してからの一〇年間(一八九〇~一九〇〇年)の政治史を刊行した時には、幕末維新期の西郷隆盛について本を書く時がくるとは、考えてもいなかった。

 六〇年安保闘争に加わって挫折した筆者が日本近代史の研究対象として選んだのは、運動の正反対の極にある保守派と中道右派の歴史であった。具体的に言えば、一八九〇年代の保守派の政治家山県有朋と自由党内の右派的指導者星亨を中心に、議会開設後の一〇年間の政治史を描いたのである(『明治憲法体制の確立』、東京大学出版会)。おそらく、自分が学生時代にかかわった左翼運動から遠く離れた対象を研究したかったからであろう。

 自分の近過去と正反対だったのは、分析対象だけではなかった。分析視点も、自分の過去と正反対の、「価値中立的」視点に徹底した。分析対象が体制派でその視点が価値中立的ならば、挫折した自分の思想や経験を封印して歴史研究ができると、半ば本能的に思ったのだと思う。

 体制派の歴史を価値中立的に分析して御用学者にならないためには、もう一つの柱として「実証主義」が不可欠であった。山県有朋や星亨が価値的に許せない人にも、そういう政治家が日本を支配していたことには嘘偽りはないことを、史料で示す必要があったのである。

 最初の一〇年間ぐらいは全く相手にしてくれなかった学界も、一九八〇年代に入ると、私の『明治憲法体制の確立』を評価してくれるようになった。一九七〇年代の二度のオイル・ショックを克服して繁栄に向う日本経済の中で、進歩派や左翼の歴史学者が自信を喪っていったためかも知れない。

 しかし、私の中では、二〇年近く封印してきた自分自身の「価値観」を抑え切れなくなってきた。細かい経緯を省略すれば、一九八〇年代の私は「体制派」から「反体制派」に研究対象を移し、「実証主義」は守りながらも、「価値中立的史観」に別れを告げたのである。

 そうは言っても、一九六〇年前後の共産主義には戻れなかった。自分の中でも、それが非現実的な夢にすぎなかったことは分っていたし、自分の外でも、ソ連や中国が、ファシズムとは違うもう一つの全体主義国家にすぎないことが、日々明らかになってきたからである。

 
◆ 内容紹介
日本近代史の第一人者が、日本を近代国家に導いた人物を描き出す! 征韓論、西南戦争・・・・・・・、「軍部独裁と侵略戦争の元祖」はつくられた虚像だった!幕末期に「議会制」を構想し、封建制の打破に尽力し、江華島事件を卑劣と非難した、幕末維新の巨人の実像に迫る一冊。