ブルーバックス
『からだの中の外界 腸のふしぎ』
最大の免疫器官にして第二のゲノム格納庫
上野川修一=著

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実は「体外」だった!

 年間1億トンもの食べ物を消化・吸収し、たえず病原菌にもさらされる「内なる外」=腸。眼や口、呼吸器にまで目を光らせる最強の免疫器官であり、独自の遺伝子をもつ「腸内細菌」との共進化の場でもある。1億個ものニューロンを擁し、「第二の脳」とも呼ばれる驚異の「腸」能力とは?

はじめに――「腸の時代」がはじまった

 世界中の生命科学者たちが今、「腸」に注目している。

 食品を分解して栄養分を取り出し、体内に吸収する重要な器官であることはよく知られているが、その働きが想像以上に複雑かつ精巧で、謎に満ちたものであることがわかってきたからである。新たに解明される事実が、私たちの健康維持に直結することも多く、関心をさらに高める結果となっている。「サイエンス」誌が、過去10年間の科学上の十大成果の一つに、宇宙や気候変動の研究と並んで、腸内細菌の研究を挙げたほどだ。

 「腸の時代」が到来した理由は何だろうか。

 一つには、腸が「食」を「いのち」に変える役割を果たしているからだ。私たちは日々、他の多くの生物を食として体内に取り込んでいる。食から得られる栄養分を、からだの構成単位である細胞をつくり上げる物質に変え、あるいは動き回るために必要なエネルギーとなる物質に変えて、いのちをつくり出している。

 生命にとって欠かすことのできないこの役割を果たすのは、ヒトでは、口・食道・胃・腸などから構成される「消化管」だ。なかでも腸は消化管の主役であり、最も重要な存在である。

 一方で腸は、食と一緒に入ってくる病原菌の感染・拡大を防ぎ、いのちを守る使命も負っている。意外に感じるかもしれないが、腸は人体最大の免疫系を備える器官でもあるのだ。
「いのちをつくり、そして守る」――攻守にわたる幅広い働きをこなす腸には、他の臓器にはない際立った特徴がある。

 「実は体外である」ということだ。消化管は、文字どおり「中空のパイプ」である。ちくわを思い浮かべていただければよくわかるように、腸は「内側を向いた体表」であり、おなかの中に広がる“外界”なのである。