『藤原道長の日常生活』 著:倉本一宏
「御堂関白」藤原道長の実像

 ある人物の実像というのは、いったいどれくらいわかるものなのであろうか。新聞に毎日載っている死亡記事や履歴書・略歴というのは、その人の公的な仕事や地位(の一部)にしか言及していない。その人がどんな家庭を築き、どんな趣味を持ち、どんな精神世界に生きていたか、またどんな評判を得ていたかは、ほとんどわからないのが普通である。

 歴史上の人物はもちろん、周囲にいる同僚や友人、家族についても、いったい我々は、その実像をどれだけ知っているというのであろうか(配偶者の実像を想像しただけでも、背筋の寒くなる読者もおられるであろうが)。

 ところが、日本には、平安時代中期以降、古記録という、貴族が記した一種の日記が多数残されている。本来は政務や儀式の様子を後世に伝えるために記すものなのだが、そこには様々な感情表現や、他人への批判などが記されていて、たいそう面白いものである。

 私はそれらをなるべく多くの人に楽しんでもらいたいと思い、藤原道長の『御堂関白記』と藤原行成の『権記』を講談社学術文庫で出版していただいた(藤原実資の『小右記』も他社で準備中)。

 今回刊行する『藤原道長の日常生活』(講談社現代新書)では、それら古記録のなかから、日本史上でも特別に面白い人物である藤原道長の実像がうかがえる記事を抜き出し、「道長の感情表現」「道長の宮廷生活」「道長と家族」「道長の空間」「京都という町」「道長の精神世界」と六つに部類して描いてみた。「感情表現」には「愚痴」とか「言い訳」、「京都という町」の「京都事件簿」には「密通・暴行」、「精神世界」には「物怪と怨霊」など、面白おかしそうな項目が並ぶ。

 じつはこれらの項目は、研究会を開いて決めたものである。国際日本文化研究センターの共同研究員や研究補助員をやっていただいている磐下徹・柿島綾子・板倉則衣の三氏らと、夜遅くまで、「こんなのも面白い」とか、「こんなんはいらん」とか議論をおこなって、決まったものである。あらためてお礼申しあげたい。

 ただ、新書という紙幅の関係で、割愛せざるを得なかったものや、原稿は書いたのに泣く泣く削ったものも多数ある。このままでは悔しいので(わざわざ何度も写真を撮りに行ったところもあるんだし)、ここで「様々な食膳」の一部を復活させてみるとしよう。だいたい、この文章のタイトル「「御堂関白」藤原道長の実像」も、新書のタイトルとして刊行直前まで使っていたものである。

 私が古記録を読んでいて、ついつい興味を持ってしまうのは、その食膳である。いったい平安貴族はどのような物を食べていたのであろうか。ところが古記録には、ほとんど食物について記録されていない。古記録というものが日常の起居飲食を記す目的で書かれていないためである。ただ、儀式の際の食膳については、時々目にすることもある。

 長保元年(九九九)閏三月十日の東宮居貞御(とうぐうおきさだ)御射儀における負態(まけわざ)という饗宴では、次のような食膳が用意された(『御堂関白記』)。東宮の御前の食膳、殿上の饗宴、女房の屯食、帯刀(たちはき)の陣の屯食、弓場の衝重(ついがさね)である。

 
◆ 内容紹介
平安貴族の過酷な政務とは?下級官人、女官たちの人心を掌握する術とは?物忌、穢、怪異、怨霊といかに向き合ったか?世界最古の自筆日記が語る権力者の知られざる実像。権力者が綴った世界最古の自筆日記から、その日常や内面を探り、平安という時代の精神を読む一冊。