中国
金正恩は米中に挟まれて滅ぶのか!? いよいよ行き止まりに追い詰められた「三胖児」の運命やいかに
〔PHOTO〕gettyimages

 北朝鮮の恫喝外交が止まらない。先週もお伝えしたように、金正恩第一書記が現在繰り広げている恫喝外交は、金正日総書記の時代と違って、"本気"である。

 そんな中、ケリー国務長官の韓国、中国、日本歴訪が始まり、本気になった金正恩に対して、一体誰がそのクビに鈴をつけるのか、が注目されている。アメリカなのか、それとも中国なのか---。

 このコラムでは、主に中国を中心に東アジア情勢を分析しているので、今回は中国側から見た北朝鮮情勢について、再度論じてみたい。

朝鮮半島の未来は中国中心の枠組みで決める

 いまからちょうど10年前、発足したばかりの胡錦涛政権は、北朝鮮の核開発を巡る「6ヵ国協議」という枠組みを創った。「作った」のではなく、「創った」のである。それほど画期的な枠組みだった。当時、中国の外交関係者に聞くと、「要するに、"会議は踊る"なんだよ」と言われた。

 1814年、ナポレオン戦争で荒廃したヨーロッパの秩序を再構築すべく、オーストリアのメッテルニヒ外相を議長とするウィーン会議が開かれた。『メッテルニヒ』(塚本哲也著・文藝春秋刊)という名著を読むと、「会議は踊る」と言われた「決められない会議」は、実は「会議を開いていること自体の意義」が大きかったことが分かる。

 10年前の胡錦涛新主席も、おそらくメッテルニヒのような心境だったのではないか。すなわち、6ヵ国が鳩首会談をやっているうちは、少なくとも北朝鮮が暴発することはない。また、アフガニスタンやイラクを攻撃したアメリカが、中国を襲ってくることもない。だから、「会議は踊る」でも構わなかったのだ。中国伝統の、「気長にやろうよ」ということだ。

 6ヵ国協議にはもう一つ、中国の秘めたる目的があった。それは、朝鮮半島を統一させる際の枠組みに、6ヵ国協議を活用しようという遠望だ。

 1945年8月に、日本が36年間にわたり植民地とした朝鮮半島から撤退した後、この半島はすぐに米ソ冷戦構造の渦に巻き込まれた。米ソ両国は、同年12月からソウルで半島の将来について話し合いを持つが、ソ連は金日成をロシア極東から連れてきて、北に傀儡国家を樹立。アメリカは李承晩をハワイから連れてきて、南に傀儡国家を作った。それが、韓国と北朝鮮の原型だ。

 そして1950年6月に、金日成が「いまなら南北統一できる」と踏んで、朝鮮戦争に走ったわけだ。朝鮮戦争は、「中朝 vs 米韓」という構図に発展し、小さな半島で400万人もの犠牲者を出した後、1953年7月に停戦となった。金日成は一目散に中国へ逃亡したにもかかわらず、北朝鮮は休戦が成った7月27日を、戦勝記念日として祝っている。

 朝鮮戦争の停戦からちょうど半世紀を経て設立された6ヵ国協議は、朝鮮半島の未来は中国中心の枠組みで決める、という胡錦涛政権の宣言だった。それは、過去2000年にもわたって、朝鮮半島を属国としてきた宗主国・中国の意地でもあった。

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