ブルーバックス
『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』
生きていて死んでいる状態をつくる
古澤明=著

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「シュレーディンガーの猫」は実在する!

「シュレーディンガーの猫」は量子力学の黎明期に、波動方程式の解釈をめぐってシュレーディンガーが提案したパラドックスだ。ミクロな粒子の重ね合わせ状態を猫のようなマクロな物体の重ね合わせ状態として導けるのか?シュレーディンガーはマクロの世界では重ね合わせ状態をつくることができないと考えた。それが今、「できる」という実験結果が示された。

【シュレーディンガーの猫】
箱の中には1匹の猫と放射性元素が入っている。放射性元素が崩壊すると、毒素入りの瓶が割れ猫が死ぬ仕掛けになっている。放射性元素は量子力学に従い確率崩壊するので、箱を開けなければ猫は生きている状態と死んでいる状態の「重ね合わせ状態」になる。いったい、そんなことが可能なのか?

はじめに

 筆者は『量子テレポーテーション』『量子もつれとは何か』というタイトルで、ブルーバックスに解説書を2冊書いた。これら2つのことがらは、20世紀初頭に生まれた量子力学に、アインシュタインらから突きつけられたパラドックス=EPRのパラドックスに端を発している。このパラドックスは後にパラドックスではなく、実際に量子力学的に存在が許される状態であり、実験的にも存在が検証されている。もちろん、それが本のタイトルにもなっている「量子もつれ」であり、その応用が「量子テレポーテーション」なのである。

 ここで、キーになるのは量子力学の根幹である不確定性原理である。不確定性原理とは、1つの量子では測定により1つの物理量しか決められないというものである。もう少し正確にいうと、1つの量子で物理量を測定により正確に決めてしまうと、それと対になった(共役な)物理量は全くの不確定になるというものである。なぜこれがキーになったのかというと、量子もつれではこの不確定性原理の「縛り」をうまい形ですり抜け、一見するとアインシュタインらが指摘したように、非常に奇妙な状況を可能にしているからである。

 2つの量子では2つの物理量を不確定性原理に反さずに決めることができるが、その物理量を相対位置や運動量の和など2つの量子にまたがった物理量にすることで、量子もつれを発生させることができる。もつれた量子の間では、片方の物理量、たとえば位置を決めればもう片方は測定しなくてもわかるという摩訶不思議な関係になっている。ただし、このあたりのことには深入りしない。興味ある読者は是非前著『量子もつれとは何か』『量子テレポーテーション』を読んでほしい。

 実は、不確定性原理から生まれるもうひとつの不思議な状態が、本書で解説する「シュレーディンガーの猫」なのである。上で述べたように、不確定性原理から、1つの量子において1つの物理量を測定によって決めると、それと対になった(共役な)物理量は全く決まらなくなる。量子力学では「全く決まらない」ということを「すべての状態の重ね合わせ」と読み替える。ただ、これは単なる読み替えではなく実体を伴う。

 いずれにしても不確定性原理から「重ね合わせの状態」が生まれる。それでもここまでの話は量子、つまり原子や光子1個という極めてミクロな世界での話であり、気持ち悪さはあっても、ミクロな世界ではそんなものだろうと割り切ることができた(かもしれない)。しかし、量子力学の生みの親のひとりであるシュレーディンガーが、マクロな存在=たくさんの原子(量子)の集合体である猫でも、重ね合わせの状態ができるのではないかと提案した。これがシュレーディンガーの猫のパラドックスであり、本書の主題なのである。