二宮清純 レポートプロ野球開幕特別版
牧田和久(西武ライオンズ投手)サブマリンの美学

「なぜアイツじゃない」—WBCを観ながら、ピンチの度に多くの野球ファンが彼の名前を心で呼んだ。いや口に出した。いま日本でもっとも心が強い投手は? 打たれる気がしないのは? ファンより敵がよく知っている。「牧やんだ!」。

まるでフリスビーのよう

 名場面は何度振り返っても愉しいものだ。そのシーンだけをハサミで切り取って、額にでも入れておきたい気分になる。

 3月8日、東京ドーム。WBC第2ラウンド、日本対台湾戦。3対3と日本が同点に追いついて迎えた9回裏、無死一塁の場面でビッグプレーが飛び出した。

 この回から登板した牧田和久が、陽岱鋼のバントが小フライとなるや落下点目がけて猛然と飛び込んだのだ。

 乾坤一擲のダイビングキャッチ。これが延長10回の中田翔の決勝犠牲フライにつながる。今回のWBC7試合を通じて列島が最も熱狂し、興奮したのが、この台湾戦だった。

 花曇りの西武ドーム。開幕に向け、調整に余念のない牧田に「WBCの疲れは?」と問うと、「それが、全くないんです」と屈託のない笑みを浮かべて答えた。

 そして、問わず語りに続けた。

「あの場面の話でしょう? あれは無心が生んだプレー。必死でアウトを取りにいこうとしたら、いつの間にか(体が)飛んでいたという感じですね。でも、本当はショートバウンドで捕っていれば簡単にダブルプレーがとれたと思うんです。でも、あの時、そんな余裕はなかった……」

 侍ジャパンの野手総合コーチ・梨田昌孝は「牧田だからできたプレー」と絶賛する。

「彼は投げた後のバランスがものすごくいい。だから、あんなプレーができるんです。投げている時の姿を見てください。車が高速で走りながらも、コーナーリングの際にピタッとタイヤが道路に吸い付いている。そんなイメージでしょう。安定した下半身を持っているから、フィールディングの動作に移りやすいんです」

 実は牧田、社会人時代の2008年、日本選手権のトヨタ自動車戦でバントを急いで処理した際にバランスを崩し、右ヒザ前十字靭帯断裂の大ケガを負っている。瞬時にトラウマが甦ることはなかったのか。

「全くなかったですね。今回も"ケガを恐れぬプレー"と言われましたが、やはり体が勝手に反応しちゃったんです。もう本能なんでしょうね」

 WBCで牧田は3試合に登板し、1勝0敗1セーブ、防御率0・00。世界に名を売った。渡米後の練習試合、日本対サンフランシスコ・ジャイアンツ戦を中継した米国のラジオアナウンサーは「フリスビーを投げているみたいだ」と絶叫したという。言い得て妙だ。