「ハーバードかスタンフォードにあらざれば人にあらず」!? 超高学歴化で弱く、つまらなくなったアメリカのエリートたち

リーダー層に多様性がなくなりつつある

前回の本欄で、アイビーリーグの各大学をはじめとするアメリカのいわゆる名門大学で、入学をめぐる競争が激化していることを紹介した。その結果、アメリカの大学、特に上位校では、史上最も高いレベルの人材たちが入学後もしのぎを削っている。

 その背景には、アメリカ国内で18歳人口が増えていること、さらに、世界中からアメリカの名門大への入学志願者が増えていること、それなのに各校とも基本的に定員を増やさないこと、などがある。

 私はこれまで、そういった現状についての具体的なケースを、この連載を含めてさまざまな場で数多く紹介してきた。そして、それらに大幅な加筆と修正を施して、新著『君に、世界との戦い方を教えよう 「グローバルの覇者をめざす教育」の最前線から』にまとめ、詳しく紹介したので、ご興味のある方は、ぜひこの本をお読み頂ければ理解が深まるはずだ。

 一方、わが日本では1990年代初頭と比して4割以上も18歳人口が減っているのに、大学の入学者の定員は維持されるどころか、早稲田、慶応でも増えている。高度人材の大学入試を巡る競争は、日米で対照的な状態となっている。加えて、入学後の競争も日米でまったく違う。アメリカの企業は採用に当たって大学の成績を重視し、また新卒一括採用を前提とする就活などないので、大学生は4年間一生懸命、勉学に励む。

 ただし、アメリカの受験競争の激化は、思わぬ副作用を起こしているような気もする。一言でいえば、エリートに多様性がなくなっているのだ。狭い世界しか知らない者たちが、超大国の実権を握る脆弱性を感じるのだ。

 私の知人で、シリコンバレーの大手ベンチャーキャピタルでパートナーを務める人物はこう言い切る。

 「履歴書は基本的に、MBAならハーバードかスタンフォード、ロースクール卒業生(JD)ならハーバードかエールしか見ませんよ」

 通常、われわれ日本人から見たら名門と思えるシカゴやウォートン、MITなどの出身者も、その履歴書を武器に採用に至るのは異例だという。

 前述の知人が「見る」という四種類の履歴では、まず、ハーバードのMBAが毎年約900名誕生する。スタンフォードのMBAは約400名、ハーバードのJDは約1800名、エールのJD約300名。合計3400名が毎年、それらの資格を得て卒業していく。

 知人のファームが採用するのは数名なので、3400名の母集団で十分なのだろう。中途採用の市場でも、たとえば過去5年分の上記のスクール卒業生だけで1万7000名のプールとなるので、数名を採用するには十分すぎるくらいだろう。

 これはあくまで一例だが、同様の均質化が、最近のアメリカのエリート社会で起きていることをしばしば実感する。

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