サムスン「封印された成長秘話」液晶テレビでナンバー1シェア。ソニー、パナソニックも勝てない世界企業の秘密に迫る

2010年03月20日(土) FRIDAY
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 だが、サムスンの戦略を単純に賞賛するわけにはいかない。サムスンにとって長い間ベンチマーク(指標)であったソニーは、以下に述べる過去の経緯から、サムスンへの警戒心を解かないだろう。電機メーカーを取材する記者や業界関係者は、'04年に設立されたソニーとの合弁製造会社「S-LCD」に、サムスンの企業風土が表れていると口を揃える。

 ソニーは'97年から平面ブラウン管テレビ「WEGA」ブランドを発売したが、この商品の成功のために薄型液晶テレビへの切り替えが遅れたことも事実であった。出井伸之会長兼CEO(当時)は薄型テレビへの方針転換を決め、液晶パネル製造のパートナーにサムスンを選んだ。

 経済産業省や国内メーカーからは、テレビ技術の流出を危惧する声が上がり、国内各社に対する裏切りと見なされ、「国賊」と非難された。それでも出井氏は「国内メーカーとの提携は考えたこともなかった」と語っていた。

 しかし、出井氏はこれらの非難に耳を傾けるべきだった。S-LCDでは、ソニー側とサムスン側の建物の間にファイアウォール(通信を制御する壁)が建てられ、テレビ技術は相互に漏れないよう管理されていると言われた。だが、あるソニーの元技術幹部は、こう証言する。

「ファイアウォールなんて、あってないようなものでした。そもそもパネルがあるからといってテレビができるわけではなく、やはり画作りの技術があって初めてテレビ画面ができます。画作りが弱いサムスンから聞かれれば教えるしかなく、ソニーの優れた技術がサムスン側に流れたことは否めません。
  また、サムスン側と一緒に働いていた優秀なエンジニアがヘッドハンティングされ、私が知る限りで50人以上が引き抜かれました」

 この背景には、出井会長時代に行われたリストラによって、ソニーの優秀なエンジニアの間に会社への失望感が広がっていたという事情もあったようだ。

創業家を丸裸にする書

 いずれにせよ、批判を怖れぬ戦略は、李健煕氏のトップダウンが成せる業だ。大躍進時代を築いた同氏の強力なトップダウン―この特色こそが、サムスンという企業の正負両面を色濃く描き出す。

<私がサムスンに入社したのはIMF金融危機直前の'97年8月だった。最初の3ヵ月間、私は入門教育、いわばOJT(職場内教育訓練)を受けた。1週間かけて李健煕会長の肉声語録を聴取し、新経営理念およびサムスン用語を覚えることから訓練は始まった。

 サムスン用語には、例えば「ナマズ論」というものがある。「ドジョウを運ぶ際、ナマズを1匹入れておくと、食われまいとドジョウが緊張するため、死亡率が下がる」という会長の言葉で、会社にはナマズのような存在が必要ということだ。(中略)グループ内で「李健煕会長語録」は憲法のような存在だ>

 この一節は、1月29日に韓国で発売された本からの引用である。タイトルは『サムスンを考える』、著者は弁護士の金勇澈氏(キムヨンチョル・51)だ。飛ぶ鳥を落とす勢いのサムスンにとって、この書籍は目下最大の脅威となっている。

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