読書人の雑誌『本』
『「反日」中国の真実』 著:加藤隆則
いまこそ必要な「中庸」の思想

 巳年の二〇一三年、中国から最初に届けられたビッグニュースは、週刊紙『南方週末』(毎週木曜発行)の一月三日付新年号を巡る記事書き換え事件だった。同紙は、改革開放から間もない一九八四年、広東省で発刊された。調査報道による政府批判などで人気を集め、発行部数は百七十万部を超える。週刊紙としては全国最大部数であり、知識人から庶民までを含め、最も信頼されている新聞の一つだ。特に新年号の社説「新年祝辞」は毎年注目を集め、愛読者が多い。

 新年号は一月一日午前三時、五人の同紙編集責任者がサインし校了したが、印刷直前になって広東省共産党委員会の宣伝部幹部が修正を求めてきた。日本政府による尖閣諸島国有化に抗議する広州市のデモで、理性的な行動を取った「愛国者」を紹介する三面の記事が削除を命じられ、穴埋めに同紙のイメージ広告がはめ込まれた。過剰な規制に怒った記者がインターネットで告発し、賛否の議論に火が付いた。

 広州市内の同紙本社前には「言論の自由」と書いたプラカードを掲げる若者が延べ数百人集まったが、毛沢東の肖像を手にした少数派も、民主化を訴える同紙を「漢奸(売国奴)」呼ばわりした。両陣営の衝突まで起き、警官が多数動員された。

 同社内で起きた事件と同社前での騒動には大きな落差があった。同新年号は前年一二月下旬から宣伝部が何度も記事の修正を指示し、労働矯正制度の問題点や一人っ子政策の存廃などをテーマにした記事は削除された。当初予定していた計十六面はすでに昨年末時点で十二面に減っていた。見開きの一枚がすっかり抜け落ちたのだ。

 目玉の社説「新年祝辞」は当初、「中国の夢、憲政の夢」の見出しで、「憲政が実現され、権力を制限し、分割した後、公民が大声で公権力に対する批判を口にすることができる」と書いていたが、国家意識の強い内容に書き換えられ、「国家がよく、民族がよくなってこそ、みんながよくなれる」と演説した習近平総書記の言葉が追加された。見出しも、習総書記が語った「我々は歴史上、いかなる時期よりも夢に近づいている」に替わった。その上で五人の編集責任者はサインをし、記者たちは短い新年の休みに入った。同紙編集部によると、二〇一二年の一年間だけで、修正や削除の対象となった記事は一千三十四本にのぼった。締め切りギリギリの記事差し替えも珍しくなかったが、他紙同様、当局によるメディア規制に甘んじるしかなかった。

 だが、削除を命じられた原稿も他紙では普通に掲載されている程度の記事で、当局がことさら神経をとがらせる理由は見当たらない。影響力のある同紙に対し、見せしめとして圧力をかけているのは明らかだった。現場の記者たちは、「あまりにもひどいじゃないか」と蓄積した怒りを爆発させたのだ。既存の規制システムに異議を申し立てたのではない。多くの同業者たちは当初から「コップの中の争い」と見ており、多くの西側メディアが注目したような「言論の自由」を巡る運動とは程遠かった。一時はストライキに発展したが、新聞発行は途絶えることなく、一週間で終結した。

 
◆ 内容紹介
2012年の日本政府による尖閣諸島国有化に始まる、日中関係の悪化。それは1972年の国交正常化以来最悪といわれるもので、いまでもその余波はおさまっていない。
では、なぜ過去に例がないほどに中国で「反日」の嵐が吹き荒れたのか?抗日から生まれた国家という、共産中国の源流もさることながら、その背景には1950年代の大躍進、60年代の文化大革命など、共産党政権下で崩壊が進んだ社会道徳、1980年代の開放政策以降拡大してきた社会の歪み、共産党内の動揺、既得権益層内部での権力闘争の対立など、中国社会で現在進行するさまざまな動乱要因があった。ベテラン特派員が、丹念な取材からその深層を明らかにする。「反日」を知るために欠かせない一冊。