ダディの離婚にテレ朝はどう向き合うのか? ドキュメンタリー制作とコメンテーター制度から考えるテレビの責任とは

 テレビ朝日が2012年度の視聴率2冠(ゴールデン、プライム)を獲得しそうだ。これは1959年の開局以来、初めての栄冠となる。

 2006年9月にスタートした『痛快! ビッグダディ』も躍進に貢献したことだろう。先の年末年始にも計約10時間も放送され、好成績を上げた。

 従来の大家族ドキュメントとは趣がだいぶ異なり、涙や感動は乏しいのだが、その分、柔道整復師・ダディ(47)の明るく奔放な言動が視聴者を引き付けているようだ。

 そのダディが、17歳年下の妻と離婚すると一部で伝えられている。約2年前、復縁した前妻と再び離婚し、若妻と一緒になったダディ。そして、また離婚ということになる。すべて放送開始後のことだ。

 子だくさんも度重なる離婚も大騒ぎすることではないのかも知れない。また、見ている側がダディの生活にとやかく口出しする筋合いでもないのだろう。ただ、仮にダディがテレ朝と契約せず、市井の人として暮らしていたら、このような事態になったのだろうか?

撮られる側を変えてしまう危険性

 俗に「テレビは化け物」と言われ、カメラに撮られながら自然体を貫ける人は、まずいない。テレビカメラを向けられると、人は無意識のうちに変わってしまう。ギャラが発生していたら、なおさらだ。また、テレビに出演したことで有名になれば、やはり生活に変化が生じる。

 テレビが撮られる側を変えてしまうことは、大抵のテレビマンなら知っている。東京12チャンネル(現テレビ東京)の敏腕ディレクターだった田原総一朗氏は、40年も前に書いた『小説テレビディレクター』(講談社文庫、絶版)でそのことを早々と指摘している。

 この本は当時、ドキュメンタリストのバイブルと称された。田原氏がドキュメンタリー制作に取り組んだ軌跡が描かれており、番組の主役は少年院を退院した少年だった。「小説」と銘打たれてはいるが、実話である。

 田原氏たちは当初、少年が社会の冷たい視線に耐えながら更正する姿を撮るつもりだったが、少年は生身の人間だから、思い通りには動かない。それどころか、どんどん暴走してゆく。やがて田原氏らは少年に振りまわされていく。

 『ビッグダディ』のスタッフも同じく、当初はダディが復縁と離婚、さらに再婚と離婚を繰り返すとは思いも寄らなかったことだろう。もしもテレ朝のカメラがダディたちを追い掛けていなかったら・・・。

 田原氏は少年から「利用された」、「メチャクチャにされた」と迫られる。田原氏は苦悶して、会社を辞めることさえも考える。少年と真正面から向き合う。さて、テレ朝とスタッフはどこまでの覚悟があるのだろう? ダディの子供たちのことを考えると、責任は軽くないはずだ。

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